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にがうりの人 #24 (鵜の目鷹の目)

 何が起こっているのか。分からないまま私は必死に彼女を捜した。だが皮肉にも私は初めて気づかされたのだった。
 私は彼女の事を何も知らない。
 それまでの彼女との日々がまるで幻のように私の前で消えていく。たとえそれが幻影だったとしても私にはもうそれにしがみつく事しか出来ない。そうして私の足は千葉に向かっていた。

✴︎

 私の行く道を太陽は照らし続けていたが、冬の陽射しに力強さは感じられず、逆に海風は皮膚を突き抜け私の心にまで吹きすさぶような鋭さがあった。

 病院に入り、私はその無機質な空気を吸ってどうしようもなく息苦しくなった。
 罪悪感なのか、焦燥感なのか。
 私は余計な考えを振り払うように歩を進め、受付で書き物をしている看護士に話しかけた。
「すみません。面会をしたいのですが」
「お名前は?」看護士の女性はペンを止めると顔を上げ、にこやかに言った。
「加藤敏子さんが入院してらっしゃると思うんですが」
 看護士は怪訝な視線を私に投げてきた。
「ご家族の方ですか?」
「いえ、知人なのですが」
 すると看護士は急に眉をしかめた。
「最近知らない人がよく来るって加藤さんから苦情が来ているんですよ」
「え?」
 うんざりしたように看護士は大きくため息をついた。
「だから、ご家族以外の面会は受付ないで欲しいと言われているんです」
「娘さんはよくいらしてますよね?僕は娘さんの知人です」私はカウンターに身を乗り出した。
「加藤さんには息子さんしかいらっしゃらないですよ。その息子さんもここ一ヶ月くらいいらしていないですし」
「え」私は虚を突かれ一瞬言葉を失う。
「いや、それは何かの間違いじゃないですか?加藤敏子さんには成美という娘さんがいらっしゃるはずです。その成美がいつも見舞いに」
「加藤敏子さんという患者さんはこの病院に一人しかいらっしゃいません。間違いがあるとすれば、あなたの方じゃないんですか?」
看護士は私の主張を遮るように答えた。それはまるで私を断罪するかのように冷たく響いた。
「あの、大変言いにくいのですが、加藤さんは認知症ではないですか?」私は遠慮がちに聞く。
「やはりどなたかと勘違いなされてはいませんか。病名は個人情報なのでお答えできませんが、加藤さんは認知症ではありませんし、意識も正常です」
 私は混乱していた。娘がいないとは一体どういう事なのだ。しかも病名すら違う。
 そんなはずはない。私は母親に再会し、静かに涙を落とした成美を確かに見たのだ。ひょっとしたら看護士が加藤敏子の病状を鑑み、便宜をはかって嘘をついているのではないか。
 しかし私がどのような憶測をしても、成美は来ていない事は事実なようだった。

 一体どうなっているのか。
 私は彼女を捜す術を完全に失っていた。

続く

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