泳げない海亀 #82(Take the stage)
サイドコアステージの隅で昇太はその音を聴いた。とてつもないエネルギーとそれに呼応するような観客の熱。曲の半分は自分が書いたものだったが、それを昇華するロガーヘッドをただただ単純に凄いと思った。
何故出演に踏み切ったのか、自分でもよくわからない。自力で這い上がってきた己を見せつける為なのか、間近で彼等の音を聴きたかったのか、あるいは復讐したかったのか。同じイベントに出演する事に意味は無いようにも思えた。
しかし、やりたい事をただ素直にやった結果として此処にいるのならば、それはそれで運命なのではないだろうか。
いつもと同じような感覚で演奏をする。
それだけで満足なのかもしれない。昇太はそう思った。
「ワクさん、そろそろ出番ですよ」
柊が忙しいにもかかわらずステージの袖でギターを抱えた昇太の元へ現れた。
「知っていたのか?」
昇太は確認する様に聞いた。何も知らなければそれで構わない。そう思ったからだった。
だが、柊は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。ちょっと小耳に挟んだもので。でも、勘違いしないでください。本当に素晴らしいアーティストだと感じてお誘いしたのです。ただの噂話ですよ」
小声でそう話す柊に昇太は苦笑した。
「こんなしがないミュージシャンを誘ってくれたのは本当にありがたかったよ。でももう全部終わったことなんだ。君が気にする必要は無い」
✴︎
音が止んだ。
グレイトフルステージのロガーヘッドの演奏が終わったようだった。彼等の後に演奏するとは皮肉なもんだな、と再び苦笑いをした。
「じゃあ、そろそろ行ってくるよ」
昇太は髭を撫でるとニカっと笑い、ステージへと歩いて行った。
グレイトフルステージに比べれば格段に小さかった。昇太目当ての客も少なからずいたが、ほとんどはロガーヘッドのパフォーマンスが終わると散り散りに去っていた。ポツンと用意された一脚の椅子に座り、マイクスタンドを調整する。
「初めましてワクです。それじゃあ、始めます」
地味な口調はおよそ人気アーティストとは程遠い。まばらに拍手が起こる。左手が弦を押さえ、キュっと小気味良い音がなった。
静けさが会場を包む。
そして次の瞬間、空気が変わった。
そのギターから放たれる強烈なグルーヴが会場を支配する。
切れの良いカッティングによるファンキーなリズムと印象深いリフレイン。
やがて歌が乗りそのメロディが圧倒していく。まるでバンドの演奏を聴いているかのような重厚なプレイはそれでいてダンサブルであり、観客を揺らした。
続く
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