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泳げない海亀 #80(Take a stage)

 海に近いからか湿気を含んだ空気に砂埃が混じり、さらには大勢の観客の熱気もあいまって会場は混沌としていた。

 千葉県の広大な海浜公園に設営された会場はおよそ二万人の入場者でごった返し、フードや物販のブースが所狭しと並んでいるがどこも長蛇の列だ。二つの向かい合うように設営されたステージでは人気アーティストとまだ駆け出しのミュージシャンが交互にパフォーマンスをし、会場を盛り上げていた。

 バックステージに張られたテントは出演者やスタッフが楽屋として使い、談笑したり体を動かしたりとリラックスした雰囲気だった。
 サクライがビールを右手に、左手はどこからか勝手に連れてきたファンの女子の肩に乗せて笑顔をこぼしている。
「やっぱ野外はいいわ」
 トレンチコートはその人気もあいまって数ある野外フェスティバルの常連であり、頻繁に出演していた事もあってかサクライはその独特な雰囲気に慣れた様子だった。
「聞いたこともねえ連中も結構出るんだな」
 忍は傍らで行っているバーベキューの肉を頬張りながら出演者リストを眺めていた。
「このフェスはさ、どこの馬の骨だか分からない奴らを平気で出すんだよ。よく見てみろよ、サイドコアステージなんか聞いたことねえ連中ばっかりじゃねえか」
 サクライがリストを指差し揶揄すると、どっと笑い声が起きる。
「大した知名度もないくせによく平気な顔してこんなでかいフェス出られるよな。ただの見せ物だろ。厚顔無恥も甚だしい」
「まさに公開処刑だな」
 光明が冷笑気味にそう言うと再び周囲が笑った。

「デンタルスが始まったな」隼人が呟く。
 離れたステージから轟音が鳴り響いていた。
「デンタルス?聴いたことないですね」光明が反応して隼人に振り返る。
「若いけどなかなかアレンジが面白いバンドだ」隼人がそう言って口元を緩めた。
「売れてナンボだよ。良いか悪いかなんか個人の趣味だからな」忍が鼻で笑う。それにつられてサクライも笑いながらタバコに火をつけた。

          ✴︎

「お待たせしました。そろそろスタンバイお願いします」
 インカムを着けた会場スタッフが忙しなく現れた。
「よし。じゃあ行くか」
 忍が首を鳴らして立ち上がった。

続く

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