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にがうりの人 #23 (濁る背信)

「お前は学生だし消費者金融で借りる事が出来る金額なんてたかが知れている。だけど、その金融屋はお前みたいに若い奴ならそれなりの額を貸してくれる。だからとりあえず急場しのぎにお前が借りて成美ちゃんを救うっていう手もある」
 闇金融というそれまでの私にとって触れたことのないものへの恐れや不安よりも、成美が泣きじゃくる姿の方が私の胸を焼き焦がしていた。
「本当にそこで、借りられるんですか?」
 榊は目を伏せて小さく頷いた。
「おそらく。でも、お前闇金の事を理解しているか?金利は高いし、執拗に取り立てられるかもしれないんだぞ。返済しなけりゃ今みたいな電話だってかかってくる。ただの一時避難にしかならないんだからな」
「そんな事、言っている場合じゃないです。とにかく成美を助けないと」
 私の言葉を聞いた榊は一瞬目を丸くしたが、すぐに白い歯を見せた。
「分かった」
 再び携帯を取り出した榊は私に背を向けてどこかへ電話をかけ始めた。

 私は彼女を助ける事が出来るのだろうか。私が闇金だろうが、ヤクザだろうが追いかけ回されるのはこの際どうでも良い。彼女が普通の人間として生きる事が出来れば、それでいい。そう思っていた。

 その後、すぐに榊の知り合いの金融屋が私達の前に現れた。思った程、柄の悪い男ではなかった。男は伊東と名乗り、三百万という大金を私の目の前に置くと契約書を素早く取り出し、そして私の署名を求めてきた。私はろくに契約書を読まなかった。たとえ金利が十日で一割であっても、二割であっても、目の前の金と引き換えに成美を助ける事が出来るのであれば、私にとって大した問題ではない。金融屋は露骨な笑みを浮かべ、去っていった。
「ひとまずはこれで成美ちゃんを助けてやれるな」榊はそう言って口元を緩める。私も力なく笑った。

 翌日、指定された都内の雑居ビルに呼び出された。私は三百万を懐に入れ、そこへ向かう。三階まで階段で上がると「真田ファイナンス」と無造作に書かれたドアが目に入る。私はそこへ入った。
 ドアを開けると申し訳程度にカウンターが設置されているが、店舗とは思えないほど殺風景である。何気なく奥に目をやるとそこにはとんでもない光景があった。
 憔悴しきった成美が白いガウンを着てうなだれていた。裾からは白い足が艶かしく光っている。
 私は思わず彼女に近づこうとカウンターの脇をすり抜けようとしたところで腕をつかまれる。
「ちょっとお客さん、何の御用ですか?困りますね、勝手に入られちゃ」
「お前ら、成美に何したんだ!」
 私の腕をつかんでいた男はその手を離すと大きく腕を広げた。
「あなた、加藤さんの彼氏さんですか?ご心配なく、我々は約束は守りますから。お金持ってきて頂ければ」
「でも、あの格好」
 成美は私に気づき、顔を赤くして下を向いた。
「ご心配には及びません。何もしていませんから。女性ですからね。シャワーくらいお貸ししますよ。我々だって鬼じゃあありませんからねえ」
 私は懐から札束を取り出すとその場に叩き付けた。
「成美、帰ろう」

「お金どうしたの」
 帰り道、彼女は私に呟いた。私は借金をしたとは言えなかった。それが彼女を余計に心配させ自己嫌悪に陥らせる気がして、咎めたからだった。そんな事は私の望んでいないし、なにより彼女が助かっただけで十分だった。

 夕日がいつもより眩しい気がした。未来が見えないのも仕方ない気がした。

 だが、私が思っていた彼女との幸せはそこで潰えた。その日以来彼女との連絡は取れず、そして彼女はいつのまにか仕事も学校も辞め、家も引っ越していた。

 私の前から加藤成美は消えた。

続く

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