見出し画像

にがうりの人 #25 (鋭利な酷薄)

 失意の中、病院を後にした。海風は相変わらず鋭く身体も心も冷やす。茫洋たる海を眺めながら、頭の中が真っ白のまま駅までの道を歩いた。
 一体どうなっているんだ。
 そして成美はどこにいるというのだ。
 駅が見えてきた所で不意に胸ポケットが震えた。私は携帯電話を取り出し、着信を確認する。小さいディスプレイに榊と表示されていた。
 そうだ。榊がいた。彼ならば何か知っているかもしれないし何より助言をくれる。私は急いで通話ボタンを押した。
「もしもし、榊さん?実は成美が、成美が」
「何を狼狽えているんだよ。今、どこにいるんだ?」
 その口調は彼には珍しく単調に聞こえた。
「とにかくいつものところで待っているよ」
 心なしか私の気分は落ち着いた。これまでも榊に相談し、解決することができた。親身になって考えてくれるはずだ。私は電車に乗りながらはやる気持ちを抑える事に必死だった。

✴︎

 喫茶アラタに着いたのは十八時を回っていた。店に入るとマスターが私を一瞥し、再び愛想無く手元のカップに目をやる。
 奥の席で榊がこちらを見ていた。その目に何か不穏なものを感じたが、構わず私は彼に近づいた。そして近づくにつれ妙な違和感を覚えた。彼の傍らには見覚えのある男が座っていたからである。それはついこの間顔を合わせた榊の知人であり、金融業の伊東であった。
「よう。で、成美ちゃんは見つかったのか?」榊は神妙な面持ちで聞いてくる。
「それがどこを探しても」

 そこまで口にした時、私はおかしな事に気づいた。

「なんで成美がいなくなった事知っているんですか。まだ誰にも打ち明けていないのに」
 すると榊は急におどけた表情になり、伊東に向かって舌をだした。
「あんた、馬鹿か。バラすの早いよ」
 伊東はそう言って呆れた視線を榊に投げた。何か彼らの間には嫌な空気がある。
 気味の悪い温度差。
私がとっさにそれを感じたのは彼らに得体の知れぬ恐怖を本能で感じたからかもしれない。
「成美ちゃん、いないんだろ?」
 榊はそれまで見た事の無い狡猾な笑顔を見せて言った。
「だからなぜ」
 私には何が起こっているのか皆目見当がつかない。だが、榊はそんな私を眺めながらくすくすと嫌な含み笑いをした。そして、まるで別人の榊がそこにいた。

「お前ってほんと生粋の馬鹿だな。まだ気がつかねえのか」

 そう言ってタバコに火をつけた。

「成美は俺の女だよ」

何を言われているのか判断出来なかった。その割に背中には汗がつたい始めていた。

続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?