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にがうりの人 #22 (金と涙)

 それは電話口であったが空気が切り裂かれたようにはっきりと感じる事が出来た。
「そんな事、知らねえ。払えねえじゃなくて払うんだよ。じゃねえとこの女、本当に風俗に売り払うはめになるからな」
 その乱暴で身勝手な口調に私は怒りよりもむしろ谷底に沈んでいく未来を覗き込んだかのような暗澹たる気持ちになる。首筋には脂汗がにじんでいた。
「待って下さい。明日までにはなんとかしますので」私は咄嗟に口走っていた。
「約束だぞ。バックレたらどうなるか分かってんな?うちはその辺の甘い街金とは違って義理や人情は絶対に挟まねえ。約束の反故は即刻違う形で償ってもらうからな」
 そこで再び電話口で物のこすれる音がすると、成美の声が聞こえてきた。嗚咽で何を訴えているのかはっきりしないが、とにかく彼女は必死だった。私はなんとか彼女をなだめると金を用意する事を伝え、電話を切った。

「おい。どうした?」
 榊に声をかけられるまで私は呆然と携帯電話を見つめていた。
「榊さん。僕、どうしたらいいんでしょうか」
 私は情けないほど震えた声で事の顛末を話した。心を落ち着かそうとコーヒーカップに手をかけるが、震えておぼつかないので諦める。私の動揺はさすがに榊から明るさを奪っていた。
「とにかく、成美ちゃんの身が危ない。金を用意するしか方法がないだろ」
「でも、僕にはそんな大金すぐに用意出来ないです」
 すると榊は鬼のような形相で立ち上がった。
「お前がそんな事言っててどうするんだ。いいか?今、成美ちゃんを助けてあげられるのは誰だ?お前しかいないだろう。だったら、何が何でも彼女の事を助けてやるしか無いじゃねえか」
 私は榊の勢いに気圧されて口を開けない。榊は顔を赤くしながらも再び腰を下ろした。
「金か…」榊は遠い目で呟いた。
 私は途方に暮れていた。だが、なんとかしなければならない。それだけが揺るぎない事実であったが、それ以上に残酷な現実は私にはどうにもならない金を必要としていた。
「お前、覚悟はあるか?」
 しばらく宙を見つめ考えていた榊が唐突に口を開いた。俯いていた私は目を上げると、力強く目を見開いた榊がそこにいた。
「俺の知り合いに金融屋がいる。そこで金を借りれると思う。話してみるか?ただ、あまり勧める事は出来ない」そこで榊はアイスティーを口に付け、眉にしわを寄せる。
「早い話が、闇金だ」
 まるで漫画や芝居の台詞を聞いているようで私には現実味がなかった。

続く

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