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世界の見方を練習してみる:「真昼なのに昏い部屋」江國香織|Audibleでも

※この記事にはプロモーションを含みます。

「真昼なのに昏い部屋」江國香織


 この小説は何人かの男女が登場し、その人たちの様子を上から双眼鏡で覗いているような視点で(全知視点と言うのでしょうか?)書かれています。

具体的には全ての人物に対して
「その時○○さんはこう思いました。」

というような書き方です。全て「です・ます調」で書かれていて、読み始めからどこか童話のような印象を持ちました。

 小説、特に恋愛が出てくるお話においては当たり前のことですが、各自の主観や行動とは裏腹に物事は進んでいき、私達の生活と同じように「誤解」や「すれ違い」のようなものがたくさんたくさん生まれて物語は進んでいきます。

このお話のように全てを上空から見ているような視点で書かれると、
「ああ、自分が生きてきた一日一日もやはりこんな風に微かな空気のずれや、大小たくさんのすれ違いが重なり合って作り上げられてきたんだなあ」
と改めて思わずにはいられませんでした。

 頭や言葉ではそれは「当たり前のこと」とよく分かっているつもりですが、日々起こるひとつひとつの些細なことについてつい過剰に反応し、100%の力で考え抜いてしまうこともあります。「人はそれぞれ考え方が違うのが当たり前」「主観的にものごとを考え過ぎると誤解や摩擦が生まれる」「俯瞰でものごとを見る習慣を」など、気にしてみたことはありますが、もちろんそういう時の自分こそがいちばん主観的にものごとを考えているということにも気付きます。

「俯瞰」とは「鳥瞰」でもあるという説明も読みました。「鳥が上から見下ろしたような視点。」「転じて、全体を大きく眺め渡すこと。」とも。「これ私から見るとこう見えるのだが、実は外からの視点で見るとこう見えるから・・」と必死に「俯瞰で見よう」と考えるのではなく、物事を鳥の目線で、鳥瞰図のようにカシャっと写し取る。必死で考える前にまずその写真を見ながら全体をじっくり時間をかけて「観察する」。日々起こる出来事を「ですます調」で、「ひとつのおとぎ話のように」捉えることはつい考え過ぎてしまう毎日の世界を写し取り、観察する練習になるのかもしれません。

 主となる人物は「美弥子さん」「浩さん」「ジョーンズさん」の3人で「美弥子さん」と「浩さん」は夫婦です。「ジョーンズさん」は近所に住む大学の先生です。その他にご近所の人やそれぞれの家族も少しずつ。

 この小説で好きなところは、江國香織さんがひとりの人物について細かく描き切らないというところです。もちろんこの本には素晴らしい描写が溢れるほどたくさんあって、こんなに微かな気持ちの動きや空気の変化をいとも簡単そうにさらりと読みやすく美しい言葉にできる、なんて文章が上手い方なんだろうと感嘆します。その一方で登場人物に対してはまだまだ隠されている部分があるような、人物の全体の何割も描いていないような、最後までこの人物はどういう人なんだろうと考えるミステリアスな部分を残してくれています(と、私が勝手に思っているだけ)。
 ドラマや映画、漫画で筋書きがとても凝っているものはたくさんあり、伏線や設定の複雑さに感心することも多いですが、その反面、登場人物が100%の分量で描かれ過ぎていて、もしくはそう感じてしまうような描き方をしていて、なんだかつまらないなと感じるものも多いです。この人は「こういうタイプの人」というように決められているような書き方。江國さんの文体は、写真に光と影が存在するように、見えない部分が「ある」ことを際立たせてくれるようでわくわくします。

 この3人の周りで起こる「出来事」や本の「あらすじ」だけなぞると一見単純な昼ドラみたいに思えることが起こっているのですが、それに反するようにミリ単位の空気の変化を克明に表し、隠されたミステリアスな部分を楽しむことができ、それを最後までずっと心地よい文体で味わうことができます。さっぱりと簡潔な文章は読んでいて気持ちがよく胸がスッとします。まさに「味わう」と言ってもいい身体的な体験です。

 このお話の舞台は現代日本の東京で、普段よく見る日常の風景がたくさん描かれています。連続ドラマのように時代がくるくると行きかう設定や、殺人事件や伏線回収があるわけではないので、読む人が登場人物に日々の自分を重ねたり、こんな人いるよねと思い出したり、とても寄り添いやすいお話です。読む人によっては、スキップしたくなるような嬉しい気持ちを思い出したり、背筋が凍るような恐ろしい気持ちが蘇る人もいるでしょう。分かりやすい設定にたくさんの読者が様々な感想を持つでしょうが、この清潔でこざっぱりとした、それでいて複雑で明かされない部分をたくさん隠し持った巧みな文章は誰の読む手も止めさせないはずです。

 江國香織さんの本を読み始めたのが最近のことなので、もっと若い頃にこういう素晴らしい文章に出会っていたら、私も少しは世界の見方を練習できていたのかなあ、なんて思うのですが、やっぱりそれは無理だとすぐに思い直しました。

「ただの恋愛小説でしょ?」

若いわたしはたったそれだけの感想しか持たなかったかもしれません。小説は同じひとりの人間が読んでも、その人の辿ってきた時間の経過、経験によって本当に様々な味わいの変化があって、同じ本を読んでも全く違う感想を持つことがあります。

手元に置いて、時々読み返して心地よい文章を身体に入れて味わったり、もっと年齢を重ねた時に読んでみて、またその時「世界のこと」を考えたいと思う一冊です。


Audible(オーディブル)で聞ける江國香織作品

江國香織さんはkindle出版は無いのですが、オーディブルでは「きらきらひかる」「神様のボート」「つめたいよるに」の3冊が聞けるようです。知らなかった。「神様のボート」は私も大好きな作品です。狂気、切なさが淡々と語られる心地よさがたまりません。とても映像的ですよね。

今回のオーディブルキャンペーンで、プライム会員の方は3か月無料でお試しできるみたいです。3か月とはすごいですね。(通常会員の方は2か月。それでもすごい。)私は昔1ヵ月無料で試しました。2回目の方も色々条件はあるようですが、退会してから1年経てばまた無料体験できるそうです。一回退会した方も試してみてください。
食事を作りながら、掃除をしながら、通勤の途中で楽しめるオーディブル、がんばって時間をつくらなくても楽しみが増えるので嬉しいですよね。

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こちらは文庫とハードカバーです。素敵な表紙なので、文庫で持ち歩くもよし、ハードカバーを枕元に置いておくのもいいですね。




 



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