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またみんなで乾杯しよう

大きな通りを一本中に入ったちょっと先にある
古い長屋の真ん中に赤い提灯が灯る。
ビニールの扉を開けてのれんをくぐると、
たった6席カウンターのみ。
木曜休み20時オープン
好きになれなかったあの街で私の居場所を作ってくれたお店の話。

拝啓、いまどこにいますか?

転勤で降り立った西のある街
住みはじめて1年を目前にしていたけど、
私はずっとこの土地に苦手意識を持っていた。
ここの方言が好きじゃなかったし、東北育ちの私には味付けも水も馴染めなかった。
車文化だから飲み屋街は元気なし。
だいたい22時になると店じまい。
仕事終わりに心落ち着けて飲める場所はまだ見つけられていなかった。

そんなある日の帰り道、家の近くの細い路地にある長屋に見たことない提灯が灯ってる。

好奇心でのれんをくぐると、
スリム体型でヒゲをはやして首には手ぬぐい。優しそうににかっと笑う男の人がカウンターに立っていた。
「今日実はオープン2日目で、、知り合いじゃないご新規の初めてのお客さんですよ。」

どう見たって私より随分年上なはずだけど、
言葉遣いも物腰も、とても柔らかくて驚いた。

これが私とタムラの出会い。
今から4年前の夏の日だったね。

その日から2年後に私はまた転勤でその街を出たけど、タムラの店で飲むために何度か足を運んでいた。少しだけ足が遠のいた頃、風の噂でタムラの店がなくなったことを知った。

拝啓、タムラ
あの街のどこかで今も元気にしてるのかな?
タムラの店がなくなって、私の人生もあの頃から180°変わっちゃって、あの街にももう随分と行ってないよ。
もう一生会わないかもしれないけど、あの街で唯一タムラのお店で過ごした時間が好きだったからここに書きます。ここで飲む幸せ。

ハートランドと厚揚げと〆の味噌汁

カウンターに七輪が並んでいて、厚揚げやうずらの卵やナスを炙りながらお酒を飲む。それがこの店のスタイルだった。

夜20時からお客さんが帰るまでが営業時間
週末は0時を回るか回んないかくらいに顔を出して朝6時に朝ごはんを作ってもらうこともあったし、
1回カラオケに歌いに行って戻ってきてまた飲む。なんてこともあった。
メニューはあってないようなもので、材料さえあればなんでも作ってくれた。


私は席についたら、まずビールと厚揚げ串
タムラの店の生ビールはハートランド。
丸いコロンとしたハートランドのジョッキも可愛くて好きだった。
ビールを飲みながら、目の前の七輪で厚揚げの刺さった串を自分で焼く。
開店すぐの20時頃はまだあんまりお客さんがいないから、タムラと話したい時は少し早めに店に向かった。

22時ごろから段々と賑やかになっていく。
常連さん、常連さんが連れてくるご新規さん、近くのビジネスホテルに泊まってる出張のおじさんサラリーマン、タムラの友達。
たった6席のお店だから、だいたい30分もすればいつの間にやらみんな友達状態。
私も【常連さん】になる頃には、常連同士の飲み友(ほとんどがおじさん)がたくさん出来た。

程よく飲んだら、〆は必ずお味噌汁
メニューにはない裏メニュー
と言えば聞こえはいいけど、ある時無茶振りで作ってもらった一品
お手製の出汁がよく効いてる濃いめの味
具はネギと刻んだ厚揚げ
ビールと梅入り焼酎ソーダ割りをたらふく飲んだ体には濃いめの味噌汁が染み渡る。

そんなお店が、家から徒歩1分にある生活
知り合いのいない静かな街に来た独身OL(26)にとって、ここは間違いなく居場所だった。

彼氏に振られた時も、ここで味噌汁を飲んだ

はじめは1人でカウンターに座ることが多かった私だけど、仕事場の心を許した後輩を連れて行くようになってお店との距離感はどんどん近づいて行った。

私の人生はじめて【常連さん】になった店
30歳になった今もここしかないよ

いつだってタムラは優しかったね。
もちろん店主としてのスタンスだったんだろうけど、どんな時もカウンター一枚挟んだ距離感でいてくれた。1人でぼーっとしたい時はそっとしてくれたし、話したい時は相槌してくれた。
その程よい空気が好きだったよ。

アプリで出会った割には真剣に付き合った彼氏に振られた時もタムラの味噌汁啜ってた。
本当の1人の時間が耐えられなくて、随分店に通ったね。

タムラが作り出すあのお店のゆるーいオープンマインドさに人が集まる。
来るもの拒まず去るもの追わず。

終わりの来る楽しさだから、いいのかもしれないね

タムラ、私今でも思い出すんだよ。
あの店でタムラやみんなと毎週のように楽しく飲んだ時間のこと。
20時で一番乗りでカウンターの奥の方の席に座ってると、どんどんのれんから人が入ってくる。
のれんが揺れるたびに誰だろうってわくわくして、知った顔が入ってくると「やっほー!」って挨拶。

誰かの誕生日を祝ったり、店の外でバーベキューしたり、みんなで宇多田ヒカルを熱唱したり。

なんかあの時楽しかったなぁって赤ちゃん抱っこしながら思い出すことだってある。

タムラの店は何でか突然無くなって、
私達のあの時間は強制終了しちゃったけど
それでよかったんだと思ってる。

あの時間はずっと続かないから楽しかった。

ハートランドの生ビール
焼酎ソーダ割りに梅干し砕いたやつ
たまに入るどっかの日本酒
串に刺さった厚揚げと
金曜日に気まぐれに作る特別メニュー
あぁ、だし醤油の焼きおにぎりも好きだった


冬に寒い寒いいいながら七輪で温まるのが好きだった

好きになれない街で暮らす遣る瀬なさや
仕事で積み重なって行くもやもやをやんわりと溶かしてくれてありがとう


ちゃんと言えないままだったから。


またいつの日かみんなで乾杯しようね。
その日まで、バイバイ。




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