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ショートショート『賞味期限切れの桃太郎』

「ねぇママ、ぼくって桃から生まれたの?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「だって絵本の桃太郎は流れてきた桃から生まれてるから……」
「確かに絵本の桃太郎は桃から生まれてるけど、あなたは違うよ。ちゃんと私のお腹から生まれんたんだよ」


***

 昔むかしから少し時が進んだあるところに、若々しい夫婦が住んでいた。

 夫は20代ながら巨万の富を得る投資家。書斎に設置された巨大ディスプレイで世界と時代の動向を読み解き、株を売買する。だが、実力は十分持っているものの、彼の存在は世間に知れ渡っていない。

 一方、妻は園芸と家庭菜園が趣味の主婦。自宅の巨大庭園には、彩り豊かな花たちとみずみずしい果物が実っていた。


 そんな夫婦にはひとりだけ子供がいた。「桃太郎」と名付けられた元気の良い男の子である。



 桃太郎が18歳になったある日、両親にあることを告げた。

「家の外に出てみたい」


 そう、彼は一度も家を出たことがない。朝昼晩豪華な食事が用意され、巨大な本棚があり、シアタールームや運動場などありあらゆるものが自宅にあった。

 そのため、外にでる必要がなかった。勉強も学校には行かず、母から教わった。特に歴史に関しては母は非常に詳しく、桃太郎は熱心に聞いた。


家は何不自由なかった。
外の世界に関心を持っていたが、「行ってみたい」とは一度も言ったことがない。
「桃太郎」という自分の名前にも一度も違和感を抱いたことはなかった。

 それなのに桃太郎は18歳になった日、急に外に出たいと告げた。


 だが両親はそれを拒絶した。それを言われることを予想していたのか、納得させる文言を次々と桃太郎に放った。そして、最後に「20歳になったらいいよ」と告げた。



 桃太郎が20歳になった日、もう一度両親に言った。40代とは思えないほど老けた両親に。

「外にいかせてください!」


 両親は桃太郎の言葉聞くなり、時計を見た。二人は黙ったまま時計を見続けた。秒針が動く音だけが聞こえる。


10時38分29秒


10時39分57秒


10時40分45秒

 

桃太郎が倒れた。

 横たわった桃太郎は痙攣をし、次第に皮膚がこぼれ落ちっていった。そして、桃太郎は枯れた。

 桃太郎の賞味期限は生まれてからちょうど20年。10時40分45秒に生まれて、20年後の同じ時間に枯れる。


 両親は枯れた桃太郎の心臓からひとつの種を取り出した。文様が彫られているようにも見える桃の種をやさしく取り出した。


妻はそれを庭に埋めた。
翌日、それは木になった。
翌々日、その木に桃が2つ実った。


頭髪がすべて白髪になり顔がシワだらけになった老夫婦は、その桃を食べた。



夫婦は若返り、妻は身籠った。





–––––完–––––

この物語は去年の8月に自分が投稿した同名の小説を、リメイクしたものです。

*コメント欄にプチ解説あります。



『10時40分45秒』の意味がわかった人は、ぜひコメント欄で教えて下さい!



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