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「幸せ」とは

※過去記事のリポストです。

昨日、母と祖母と旅行に行ってきました。

7月から半年は私も移植期間に入るし、7月中旬から仕事も始める予定なので、いける時に行きたいね、と話していたのです。

そして、祖母も最近周りの友人が亡くなったり、病気になったりで、心が弱っていたので、気分転換になったらいいなという意味も込めて、でした。久しぶりに、親子3代で色々な話をしました。もちろん私の不妊治療の話も。

元々祖母にも治療のことを隠してはなかったのですが、何で祖母にも話したんだろう、と振り返った時に、もし「ひ孫の顔が早く見たいなぁ…」と祖母が心のどこかで期待をしていたとしたら、申し訳ないなぁと、多分早い段階で私が期待値コントロールをしていたのだと思います。

帰省する度に祖母に会いに行くのですが、これまでも「まだひ孫は時間かかるから、それまで元気でいてね」と明るく言っていました。

よくドラマとかで「早く結婚して私を、俺を安心させてほしい…」「孫を見るまでは安心して死ねない…」こんな言葉が、昔は当たり前のように使われていて、その価値観を誰も疑わなかったのかもしれません。

でも今は、結婚する人もいればしない人もいる。子どもを産む人をいれば産まない人も。子育てをする人もいれば、しない人もいる。年齢も早い遅い、色々な人が増えてきて、何が正解なんてない、という価値観が昔よりもあります。

祖母からすれば、祖母が生きていた時代と今、50年以上の時を経て、価値観がすっごく変わっているんだろうな、と思いました。

最近祖母も、NHKの番組で、不妊治療を10年以上続けてきた夫婦の話をみたそうで、不妊治療が、金銭的・身体的・精神的三大苦になることを知ったそうです。

私が「7月からまた治療再開するから…」というと、すごく心配そうにしていました。

「身体を痛めてまで、辛い治療を続けなくてもいいんじゃない。子どもを持たない選択肢もあるんだから…」と、祖母がそんな言葉を口にしてくれるとは思いませんでした。

私は自分で勝手に「祖母にひ孫を見せることが1番の祖母孝行」と思っていました。あぁ…勝手に不妊治療の呪縛に縛られていたのは私だったのかと。

私が元気で、健康で、幸せそうに過ごしている姿をみせることが、1番の祖母孝行かもしれなくて、祖母にとってもそれが幸せだと思ってくれているのかもしれない。

ひ孫をみせれたら、それはそれでもちろん喜んでくれるはずですが、それに拘りすぎていたのは私の方だったのかもしれないなと…。

私はまた、自分で自分を苦しめていたのかもしれません。

自分を解放することの大切さを、祖母から学びました。もしかして、いつか自分も祖母の立場になるかもしれない。そうなった時、自分も祖母のようになりたいと思いました。

そしてもし、自分達がこの先、子どもを持てたら、祖母の生き方を子どもにもみせてあげたいなぁと思うのです。

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