世界一楽しそうなスケーター・友野一希
友野一希というスケーターをご存知ですか。
友野一希(ともの・かずき)
大阪府堺市出身
フィギュアスケート男子シングル特別強化選手
2022年四大陸選手権銀メダル
2022年世界選手権6位
…この際、細かい戦歴は重要ではない。
長い歴史の中で生まれた数々の名演技を遡っても、彼は世界でいちばん楽しそうに滑るスケーターだとわたしは思っている。
1998年生まれ。
現世界王者の宇野昌磨とは同世代。
少し上の世代には五輪2連覇のレジェンド羽生結弦が、少し下の世代には北京五輪銀メダリストの鍵山優真や史上最年少で四大陸王者となった三浦佳生がいる。
オリンピックや世界選手権の日本代表枠は現在最多数である「3枠」
たった3人しか出場することができない。
彼は過去に2度 世界選手権に出場し入賞もしているが、どちらも怪我などで棄権した選手に代わって補欠2番手からの繰り上がり出場だった。
(2018年: 羽生結弦・無良崇人に代わり出場
SP11位、FS3位、総合5位
2022年: 羽生結弦・三浦佳生に代わり出場
SP3位、FS8位、総合6位)
フィギュアスケートに明るくないひとからすれば、彼は少しマニアックな選手かもしれない。
それもそのはず、ここ数年間彼は国内においておよそ4番手から6番手あたりに位置していて、常に補欠1番手か2番手の選手「だった」
これは昨シーズンまでの話だ。
今シーズンは全日本選手権で銅メダルを獲得。10回目の出場で初めて表彰台に乗り、3月に日本で行われる世界選手権の代表に選ばれた。
今度は補欠ではない。誰かの代わりではなく、「彼が」選出された。
シーズンを締めくくる世界最高峰の大舞台である。
圧倒的な強さを誇る選手はこれまでも何人か見てきた。その場を支配してしまうような力強いオーラを放つ選手や、惚れ惚れするほどの美しさが魅力の選手もいた。
でも、これほどまでに楽しそうに、笑顔を振りまきながら滑る選手はいままでに見たことがなかった。
昨年の世界選手権でのフリー「ララランド」。
この演技はわたしが本格的に彼を応援するようになったきっかけのひとつである。
ジャンプは決まりきっていないものの、クライマックスに向けて一気に加速するスケーティングと軽快なステップ、しなやかな腕と雄弁な指先、そして弾けるような笑顔。
滑ることが楽しくて楽しくて、しあわせで仕方ないと全身で叫んでいるかのようだった。
(羽生結弦・三浦佳生の怪我による補欠2番手からの繰り上がりで、出場が決まったのは大会数日前のこと。別の試合(クープドプランタン杯。ここでは優勝していた)のためにルクセンブルクにいたが、終わってすぐにフランスへと向かった。急遽決まった出場にもかかわらずショートで自己ベストを更新し3位となったが、フリーは調整が間に合わずジャンプのミスが続いてしまった。総合6位)
友野一希のスケートに出会うまで、わたしがフィギュアスケートの試合を観るときはどこか祈るような、切実で苦しい気持ちになることも少なくなかった(そういう気持ちにさせてくれるスケーターもすきだ)。もちろん勝負の世界なので、今でもその感情が出てくることはある。
しかし、たとえジャンプで減点があったとしても「残念だった」「惜しかったね」ではなく、「楽しかった」「良いものを観たな」という感想が一番に来る。それが友野一希のスケートだ。
彼はフィギュアスケートのことを「遊び相手」「幼なじみ」「究極の自己満足」などと表現している。
これで世界を獲るんだ、といったところから始まったわけではなく、「楽しく滑っているうちに全国大会に出られるようになっていた」と振り返る幼少期は、ひょっとすると世界選手権の代表選手としては珍しいタイプなのかもしれない。
国際大会で表彰台に乗るようなトップスケーターとなった今も、どこか楽しく氷と戯れているような、そんな表情が垣間見える。
もちろんここまで上り詰めるのに楽しいことばかりではないだろうし、わたしたちに見えないところでは血反吐を吐くような思いをしてきたのかもしれない。
それでも氷の上ではこんなにもしあわせそうに、楽しそうに笑顔を振りまいてくれる。
たったひとりで、細い刃に支えられて、身一つで。こんなにも観ている者をしあわせにしてくれる。
「観客を引き込む」「心をつかむ」というのは彼のスケートを表すのによく使われることばだが、わたしはそれどころではなく「観ているひとの手を取って一緒に踊ってくれる」と感じている。
世界中のどこに行っても、会場をまるでホームリンクかのような雰囲気にしてしまう、そんな優しさと親しみやすさが彼のスケートにはある。
(フランスの試合で現地の観客が撮影した映像。ダンスパートになった瞬間会場のボルテージが上がり、この距離からでも大盛り上がりしているのがわかる。彼はこの時の心境をのちのインタビューで「地元かな?と思った」と語っている)
現在24歳。競技人生の短いフィギュアスケートの選手としては年長者の域だ。
世界選手権を目前に控えたインタビューで彼はこう語った。
ならば、わたしはおばあちゃんになっても誰かに動画を見せながら話したい。
「友野一希って面白い選手がいてね…」
世界中でたくさんの観客をしあわせにしてきた彼が、どうかしあわせでありますように。
幼なじみのスケートとずっと仲良しでいられますように。
追記
このnoteを書いた翌シーズンの友野選手は、これまでと全く違うジャンルのプログラムに挑みました。
「ミスがあっても忘れてしまうくらい楽しい」エンターテイナーでありながら、研ぎ澄まされた繊細なスケーティングで観客を圧倒するアーティストのようなスケーターになったと感じています。
2023-2024シーズンの友野選手についても、よければ読んでいただけるとうれしいです。
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