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10月27日 老舗のカバン修理工房に行った話

ドクターマーチンのサッチェルバッグが届いた。先日の仙台ひとり旅で一目惚れし、しばらく悩んだ末にオンラインショップで買ったもの。
わかってはいたけれど、ユニセックスなので男性の身長にも合うようにショルダーストラップが長い。穴を全て詰めてもかなり長いので、お直しを受けてくれそうなお店を探していた。
検索にヒットしたのは昔からある老舗のようなカバン修理工房。ベテランの職人さんが1人でやっているとのことだった。生活圏内にこんな場所があったとは。まだまだ知らないところだらけだ。

民家をそのままお店に作り替えたような引き戸を開けると、誰もいないカウンターに「耳が悪く聴こえない場合があります  ケイタイで呼んでください」と番号の書かれた紙が貼られている。すこし声を張ってこんにちは、と言うと、奥から眼鏡をかけたおじいさんがニコニコしながら出てきた。

「ショルダーバッグの紐を短くしたいのですが」と大きめの声でゆっくり伝えたつもりだったが、おじいさんは困ったように笑って「耳が悪くてね、すみませんね」と言いながら物入れからAirPods Proを取り出し、片耳に装着した。もう片方の耳には既に補聴器がついている。
なるほどこれでノイズキャンセリングをしているのか。Appleの技術がこんな場面にも、と感心してしまう。


ああ紐をね、短くしたいのね、とおじいさんはバッグを手に取り「まだ買ったばかりだね」と微笑んだ。
ベルトの穴を追加で開けることになるのかな、と思っていたら、穴が開いていない方のベルトをカットして、バックルを付け直してからもう一度縫うらしい。身長に合わせるとかなりベルトが余ってしまうから、カットしたほうが見栄えが良いよと教えてくれる。
今日届いたばかりなのにベルトを切るのか…とすこし不安になったけれど、カウンターの後ろの棚にはハイブランドのバッグやスーツケース、ゴルフバッグなどが所狭しと並んでいた。きっと長年地域のひとたちに愛されてきた腕の良い職人さんに違いない、と思いお任せすることにした。

どの位置でベルトをカットするか、納得がいくまで悩ませてくれた。「切っちゃうと元には戻らんからねぇ」とおじいさんが笑うので余計に悩んでしまう。
今日みたいな薄手のバスクシャツのとき。ニットを着たとき、ボリュームのあるブルゾンを羽織ったとき。すべてにおいてちょうど良い長さにできるよう何度も調整しながら試着して、やっとバッグを預ける。

「これからお昼を挟むから、仕上がりは2時過ぎになると思いますけど」

え、今日仕上がるの?
数日は預けることになると思ってたので驚いた。帰るのも微妙な距離なので近くのショッピングモールで時間を潰す。午後2時をすこしまわったころ、「できましたよ」と電話がかかってきた。


すぐに受け取りに行くと、おじいさんはカウンターにバッグを置いて、ニコニコしながら待っている。
ベルトのどこを切ったかわからないくらい、丁寧に端が処理されていた。もともとのステッチと同じような糸で、全く同じように縫われていた。すごすぎる。お礼を言ってお財布を出したら「さあ、どうしようかね…1000円くらい貰ってもいいかな」とおじいさんが言う。
そんなに安くていいんですか、と思わず言ってしまった。ベテランの職人さんの手仕事だから、その5倍くらいの金額は必要だと思って用意していたから。
「じゃあ…2000円貰っておこうかな、良い?」とおじいさんは少し困ったような顔をする。本当にありがとうございます、と2000円を支払い店を後にした。

あの職人のおじいさんはいくつくらいのひとだろう。わたしのおじいちゃんと同じくらいか、もっと歳上な気もする。どうかできるだけ長く元気でいてほしい。
もしもわたしの愛用している大切なバッグたちになにかあったとき、あのおじいさんに預けたいと思った。

ズルズルに長かったマーチンのサッチェルは、ぴたりと自分の身体に沿うようになった。世界中で愛されている超定番のバッグだけれど、このサイズ感は世界にひとつだけの、自分だけのものだと思うととたんに愛おしくなる。
大切に大切にお手入れしながら、長く一緒に育ってゆきたい。

なんだかジブリ映画に迷い込んだような、尊い体験をした日だった。

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