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オススメの本100冊(感想文付き)〈文学Ⅱ〉

※専門書は除いています。
※ややネタバレありです。

【11】西村賢太『苦役列車』(2010)

強烈な学歴コンプレックスはあるがプライドは高く、寂しがりやのくせに相手を見下す癖のために誰とも打ち解けられず、底辺の生活を強いられる惨めさを、ひたすら自虐的に綴っている。性格的にも環境的にも散々たる暮らしを垣間見れるのも興味深い。一番の成功は、自らの境遇を社会全体の問題に敷衍することなく、私小説に徹したところが、潔いというか、理屈張らなくて良い。一筋の希望をポケットに忍ばせる終わり方も良い。


【12】カズオ・イシグロ『浮世の画家』(1986)

太平洋戦争の敗戦によって価値観が180°変わるなか、主人公の画家は国威発揚の名士ではなくなる。次女の破談、長女の直言、孫の不遜な態度から、自分は社会から、家族から悪人扱いされているのではないかという疑念がもたげ、過去の記憶をたどることになる。あくまでも主観で、朧げな記憶なので、何が正しく、何が間違っているのか曖昧である。その曖昧さが、かえって奥行きを与えている。人間の記憶って、正義って、かくも不安定で、曖昧なものなのだね。




【13】カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(2005)

思春期の少年少女の心の機微という一見すると平穏な描写をベースにしながら、イシグロはそっと、彼らに恐ろしい宿命を背負わせる。その構成、アイデアがまず素晴らしい。だから完全なディストピアフィクションなのに、現実の私たちの心の問題としての迫真性がある。宿命を背負った人間は、どう行動するのか、何に従い、何にすがるのか、とても考えさせられる。心を切り裂かれたような読後感だった。


【14】ミラン・クンデラ『無知』(2000)

共産主義から解放された祖国への「大いなる帰還」は、郷愁と感動をもたらすものという思われがちだろう。ところが現実はそうは運ばず、皮肉にも「愛する祖国」はそこにはなく、人々はよそよそしく、記憶と記憶の齟齬にとまどう。そのことがアイロニーたっぷりに語られる。クンデラは「冗談」という小説を書いているが、この小説にも、他の長編小説にも「冗談」と名付けたいくらい。冗談がうまい。しかも悲劇的な。


【15】ミラン・クンデラ『無意味の祝祭』(2013)

「無意味とは人生の本質なんだよ」という登場人物の言葉を例証すべく、人生を構成するナンセンスがいくつも繰り広げられる。女性のヘソが無意味ならば、それに意義付けする数々の仮説も無意味である。ガンであると嘘をつくことこそ無意味であるが、その嘘が友人の共感を呼び起こすという皮肉さは、人生を構成するナンセンスである。そんなエピソードが縦横に語られて、クンデラの饒舌さと知性に圧倒される。


【16】柳美里『JR上野駅公園口』(2014)

昭和・平成の歴史は、その時代を横断した人の数だけ存在する。頂点といえる天皇と時に対比しながら、底辺といえる一人のホームレスの歴史がつづられる。ドラマチックな展開をあえて抑え、ミクロナラティブな社会史の描写に徹しているところがとても貴重だ。同時に小説としても、何も悪くない一人の実直な男が不運に見舞われるという、人生の救いがたさを痛いほど感じさせる。最後の結末は唐突感があり、非現実感があったかな。


【17】ポール・オースター『ムーン・パレス』(1989)

自分が落ちるところまで落ちてみて、そこで何が見えるのか試してみるという、若者ならではの捨て鉢の思考と行動はとても面白いし、その表現がとても臨場感があって生き生きとしている。キティとの恋愛もいい。青春小説として楽しめる。 この小説は親子三代、フォッグ、エフィング、バーバーの話の3部で構成されている。フォッグ以降の話はもうひとつかなとは思ったが、フォッグのルーツをたどる旅のエンディングはなかなか良かった。


【18】綿矢りさ『蹴りたい背中』(2003)

甘酸っぱいとか、孤独で苦しいといった十代特有の感情が非常に繊細に表現されている。それでいて単なる恋愛小説、青春小説に留まらないのは、「恋」とか「嫉妬」といった言葉で表現できない、自覚されない漠とした衝動が吐露されるからだろう。もし主人公が恋を恋と気づき、蹴りたい衝動とは違う愛情表現を吐露していたら、陳腐な恋愛小説に成り下がっていただろう。そういう意味では、この小説は恋愛小説であり、恋愛小説でないと思う。


【19】綿矢りさ『勝手にふるえてろ』(2010)

こじらせ女子という、ともすればちょっと「痛い」話になりがちなテーマなのに、コミカルで、リズミカルな語り口がいい。それでいて「恋に向かって進化する動物は絶滅品種」「欲しいものに向かって努力するのは本能に赴くままで野蛮」など、主人公が趣味の動物論に絡めた恋愛理論が結構深い。 結末は賛否あるだろうが、「自分の愛ではなく他人の愛を信じるのは、自分への裏切りではなく、挑戦だ」という結論に、「そんな恋愛観もあるんだな」と思わず考えさせられてしまった。 しかし恋愛感情ってこんなにこんがらがるものなのかな。


【20】上田岳弘『ニムロッド』(2018)

主人公の友人と恋人はともに「人類の営みにのれない」ことに無力感を感じ、駄目な飛行機というメタファーに乗って去ってしまった。人類の営みとは、人々が協働して築き上げる塔であり、引き継がれるDNAであり、ソースコードをみんなで書き込むことで成立するビットコインのようなものである。その営みに参加することで、個の意味が担保される、そう信じられてきた。しかしこの情報化社会のなかで、個の意味が希薄化されていき、その無力感に個がむしばんでいく。システムの中で個が無力化されるという現代思想を見事にアップデートした作品だ。

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