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オススメの本100冊(感想文付き)〈歴史Ⅲ〉

※専門書は外しています。
※ややネタバレありです。

 【71】魚住至『宮本武蔵:「兵法の道を生きる」』

武蔵の歴史的価値は、巌流島、いや大坂の陣や島原の乱の出陣でもなく、64歳にして脱稿した兵法書『五輪書』にあり、その価値の裏付けとして数々の決闘や業績(明石の町割りなど)があると考えればいいだろう。五輪の書は、実戦から離れた武士たちに対する強い危機感があり、刀は片手で持つものとか、死を覚悟することがすなわち武士というのは浅薄な考えだとか、極めて実践的である。心のありようは武士だけでなくあらゆる道(商道を含む)に通じるとしているところが『五輪書』を普遍的なものにしているのだろう。


【72】『ドナルド・キーン自伝』


キーンさんが日本文化に魅せられていく過程が描かれているのがまず面白い。幸運によって導かれたと述べられているが、キーンさんの平和と内面の繊細さが、ヨーロッパの武勇譚ではなく日本の「源氏物語」へと導いたのかな。文学への探求は80歳になっても続くことに励まされた。あとはなんといっても日本文壇での交遊録、とくに三島と川端のエピソードがなかなか衝撃的だった。自伝だけれども1話完結の連載物なので読みやすい。

【73】ウィリアム・トーブマン『ゴルバチョフ:その時代と人生』

共産主義・覇権主義のソ連において民主化というパンドラの箱を開けてしまった結果、自らの権力基盤を失い、国家そのものを崩壊に導いてしまった政治家の悲劇。理想主義・楽観主義はいいが、くすぶる民族問題、そして共産主義体制での経済問題をいかなる道筋で乗り切るつもりだったのか、最後まで見えなかった。古い意味でも新しい意味でも権力者たる手腕にも欠けていた。冷戦を終わらせたファクターとして欠かせない人物であるし、西側から熱狂的な人気を誇る彼だが、国内では国益を損ねた主犯とみなされているのもわかる。大著だが面白かった。


【74】冨田浩司『マーガレット・サッチャー:政治を変えた「鉄の女」』


彼女の彼女の政治的信念は、メソジストとしての宗教的信念にルーツを持っているという指摘。理解力のある夫がいても、子育ては失敗といわざるをえない激務家の家庭の現実。先進民主主義における軍事行使の難しさ。忖度とは正反対といえる「確信の政治家」が10年も選挙に勝ち続けたこと。人頭税課税の国民の理解の難しさ――などが気になった。チャーチルと比べ平時の長期政権だったが、当時のイギリス社会・経済は打破しなければいけない敵がたくさんあり、「確信の政治家」のリーダーシップはうってつけだったのだろう。


【75】冨田浩司『危機の指導者 チャーチル』


総力戦でのトップの揺るぎなき意志、膨大な懸案を即座に選択する実務・行動力、国民を一体にする演説の力など、チャーチルが戦時にふさわしいトップだったことはよくわかった。チェンバレンの宥和政策がいかに弱腰化ということもわかった。しかし第二次大戦という「破局」は避けられず、大英帝国の維持も叶わなかった。ヒトラーが米・英・独の三分の計を望んだのなら、ドイツ・ファシズムとソ連・共産主義を戦わせ、最終的に米英の資本主義・民主主義の勝利に導くという長期的戦略はなかったか、素人の私はそんな思いも馳せる。


【76】ティエリー レンツ『ナポレオンの生涯:ヨーロッパをわが手に』

ナポレオンはフランス革命の理念の守護者なのか、専制政治を敷きヨーロッパを戦乱に巻き込んだ戦犯なのか評価が分かれるが、この入門書はその両面性をうまく解説しているように思える。しかしナポレオン個人の資質の描写にやや負っているところが大きく、なぜ革命期にフランス軍がヨーロッパを制圧できるほど強かったのか(人口や国民皆兵など)、フランス軍の侵攻と各国のナショナリズムの勃興についての解説が欠けていると思う。とはいえ、この小冊子だけではナポレオンを語りつくせない、それほどの巨人だったことは理解できる。


【77】パスカル ボナフー『ゴッホ』

誰に対しても、何に対しても癇癪を起し、恋愛や宗教、勉学に執念を燃やしては挫折するゴッホ。その彼が27歳になって絵筆を執り、狂ったように描き続け、そして37歳で「みんなのことを思って」自殺する。その激情と波乱の人生に唖然としてしまった。社会的な成功も精神病の治癒も諦め、絵画にすべてをかけなければ、あの色彩を手に入れられなかった悲劇。と同時に、彼に絵画の天賦の才があったことは、かけがえのない救いだっただろう。月並みであるが、今の私の人生を重ね、仕事に情熱を傾けたいという思いが沸き上がってきた。


【78】エヴリーヌ ルヴェ『王妃マリー・アントワネット』


悲劇の王妃として描かれることも多いマリー・アントワネットだが、フランス宮廷の秩序を乱して結果国民に憎悪の的となったこと、そしてなにより敵国オーストリアに軍の機密情報を流していたことや、ヴァレンヌに逃亡したことは決定的失策であった。しかしながら、彼女はいわゆる「世間」(国民の世論や政治的マター)に無知だっただけとでもいえ、凡庸な女性がフランス革命という歴史の重みに押しつぶされたとするツヴァイクの見方は説得力があった。


【79】ウォルター・アイザックソン『レオナルド・ダ・ヴィンチ』


メモ魔、伊達男、社交好き、、同性愛者であることを隠さず、何かに熱中しては、途中で放り投げてしまうこともしばしば、、、あの「超人」像ではなく、人間・レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯がとても詳細に描かれている。「天才」と片づけるのは優しいが、彼は万象に興味を持ち、探求するという上での天才だった。無意味に終わったと思える研究も、実は芸術に昇華されていたことを、「キツツキの舌」のなぞかけで読者に明かすアイザックソンの筆力もすごい。


【80】福島克彦『明智光秀-織田政権の司令塔』

織田権力下では主従関係や外交までが個人的紐帯に寄っており、軍役や領国支配もそれぞれの武将に多くを委譲していた。一見絶対的な権力者であったはずの信長も、そのために配下の武将であった光秀に寝首をかかれることになる。そして京都に城を築かず、本能寺を宿としたことも信長の失策だった。織豊時代を切り離し、秀吉の政策に新規性を見出しながら、その源流の一つが光秀の政策だったとする視点が斬新。

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