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オススメの本100冊(感想文付き)〈文学Ⅰ〉

私が気に入っている本100冊の感想文です。
※専門書は除いています。
※ネタバレやや注意です。

【1】遠野遥『破局』(2020)

自分の感情の動きを極めて客観的に描写した実験作のように思える。喜怒哀楽のある健全な青年であるが、本質的に人生をロールプレイングゲームのように捉えている感があり、その虚しさが淡々とした文体から滲みでる。受験勉強なりスポーツなり恋愛なり、成功体験になじんでしまったら、それはそれで人生が虚無に映るのかもしれない。心理と視覚の描写に徹しているので退屈になりがちだが、一応一本のストーリーも設定していて飽きない。最後の落としどころもよかった。


【2】宇佐見りん『かか』(2019)

母を無条件に愛するイノセントな幼少期は過ぎ、性に関する嫌悪感や母に対する愛憎から、やがて自分の存在への憎しみを持つようになる。思春期特有のテーマと自ら認めながらも、きちんと小説に昇華させた作者を高く評価したい。SNSでの人間関係がごく自然に描かれていて、もうこれは普通の人間関係なんだという思いを新たにした。


【3】上田岳弘『私の恋人』(2018)

人類はクロマニヨン人が世界隅々に行きわたる1周目、ヨーロッパ列強が世界を征服する2週目、そしてヒロシマ以降の現代という3周目という旅があり、主人公はそのそれぞれの旅に立ち会っている。そして3周目以降にはなにが来るのか、宇宙か。人工知能か。…そういった文明論として読むのも面白いし、小説の構造の謎解きとしても面白い。作者は来るべき人工知能(か何か)に対しても、抗うべきときは抗うべきというメッセージも発している。壮大な文明論をここまで纏めあげる筆力がすごい。



【4】北条裕子『美しい顔』(2018)

マスコミの虚構にあえて同調することで、無意識に現実から目を背けている被災者の心理構造が良く描けている。狂気と正気のぎりぎりのラインで踏みとどまっている主人公の心情の吐露も赤裸々で痛い。よくできている。参考文献騒動のことは知らない。

【5】今村夏子『星の子』(2017)

家族を愛するゆえに新興宗教にはまってしまった家族の哀しみというべきものがとてもよく出ていた。新興宗教=悪でもなく、周りの仕打ち=悪でもなく、善悪を超えて絆を深める家族の温かみも感じたし、周囲の人たちのとまどいも感じられた。勧善懲悪的な近代小説の枠にはまらないところが好きだ。


【6】又吉直樹『劇場』(2017)

かつての恋人の、愛情と思いやりに満ちた言葉、表情、しぐさが全編を通じて描写され、彼女に対する負の感情など1つも出てこない。けんかした時でさえ。だから「ありがとう」の気持ちにあふれている。 それなのに、どうしてもそんな彼女を傷つけてしまう。その描写はまるで懺悔のように赤裸々だ。「ありがとう」という気持ちが強いほど、「ごめんな」という気持ちも胸に迫る。


【7】若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』(2017)

喜劇的な話と帯などで謳っているが、やはり老人の哀しみがテーマだと思った。老いること、死ぬことの哀しみだけでなくて、夫の死を一瞬でも願ってしまったのではないかという後悔、娘や息子を縛ってしまったのではないかという後悔、突然やってくる人恋しさ、そんなさまざまな思いが混濁して、頭の中を駆け巡る。ちなみに桃子さん、相当なインテリだと思った。あまり考えず、聞こうともしなかった高齢者の思考を聞くことができてよかった。


【8】村田沙耶香『コンビニ人間』(2016)

社会一般の常識が欠落している個とそれを排斥しようとする社会という構図は古典的かもしれないが、排斥された個がコンビニのマニュアルや結婚という規範を利用して擬態して生きながらえようとするエキセントリックさが面白い。「光かがやく箱」コンビニは、主人公にとって魚として生きながらえられる水槽のようなものだろうか。滑稽だが悲劇でもある。


【9】小山田浩子『穴』(2013)

現金の足りない封筒、真黒な獣、謎の穴、初めて見る引きこもりの義兄、無数の子供、一貫して無神経な夫、、すべてが不穏で、劇的なこともないまま、不穏なまま終わる。その世界観を一貫して作り上げた作者の筆力はすごい。安部公房みたい。


【10】綿矢りさ『ひらいて』(2012)

実直な少年、病弱の少女の愛は、『セカチュウ』など鉄板の設定なのだが、よりによって綿矢りさは、それを壊そうとする悪役の少女を主人公に据える。自分の心に宿る邪な妄想を、包み隠さず小説にぶつける姿勢を評価したい。人物描写はもう熟練の域に達していると思う。すごい。

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