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【小説】中国・浙江省のおもいでvol.28

『スイカとバナナ』
 
「38度5分」

 手元の体温計が力ない音をたてて点滅している。ドォンという低く唸る音の後、カーテンが明るく白む。バラバラという雨が窓にたたきつけられ、昼間だというのに部屋は暗く沈み込んでいる。

 どうやらぼくは、ほとほと金曜日に縁がないらしい。先週は極度の腹痛にトイレで目を覚まし、今日は学校にすらいけない始末だ。

 「具合悪そうだったから、起こさずにおいたぞ。ゆっくり休んでろよ」

 Oからのメッセージを読み終えると、やることもないのでふたたび眠りにつくことにした。中国での二度目の金曜日はこのようにして始まった。

✒✒✒✒✒✒

 カチャカチャというカップの擦れる音がして目を覚ます。

「感冒怎么样了?(風の具合はどう?)」

 徐々にはっきりとしてきた視界に、短く切った髪がひらひらと揺れていた。

「フェイ!?」

 困った。シャツ一枚と、短パンのぼくはあまりに無防備でタジタジになってしまった。テーブルにはビニール袋が置かれ、フェイはゴソゴソとやっている。

 振り返ると、枕元にあったスマホを顎でさして再びゴソゴソし始める。スマホの画面には二軒のメッセージが浮かんでおり、どれも3時間前の通知になっていた。一つはOで、もう一つはフェイだった。今は午後の3時。随分と長い時間寝ていた計算になる。

「これ、薬ね。後は粥(おかゆ)と西瓜(スイカ)・香蕉(バナナ)。学内医院で貰った風邪薬はサイドテーブルに乗っけておく」

「おか…フェイ。本当にありがとう」

「うん?今なんて」

「いただきます!」

 フェイが日本語に不慣れなことを感謝しつつ。お粥をすすった。鶏風味のお粥なんてはじめて食べたけど、とっても美味しかった。フェイは学生街で買ったケンタッキーをこれみよがしに食べている。

 テレビで午後のニュース(もちろん中国語)を見つつ、食事をするのはなんとも不思議な感覚だった。

「中国に来るの大変だったんじゃないの?手続きとか」

テレビではちょうど、入国のビザ審査が厳しくなったというニュースが流れていた。入国の前のあれこれを思い出すと気が遠くなりそうだった。

「ビザが一番大変。ビザセンターの警備員に、子供の来るところじゃないよって締め出されるんだ。で、学生証見せたら渋々って感じで通されるんだよ」

「童顔だからねー」

いや、フェイに言われたくないわ。とツッコミつつ、我々はスイカの種に苦戦しながら午後を過ごした。静かで満ち足りた午後だった。

 6時を過ぎたあたりで、Oも顔を出し、ちょっと話し込んだあと、お開きになった。

「お前よくなったなら、シャワー浴びろよ。ちょっと汗臭いぞ」

一日中寝ていたんだから当たり前だ!と返しつつ

「明日は午後から、大云河に行くからね!合同授業の後あけといて!」

 フェイもバタバタしながら出ていった。窓は相変わらず強い雨に打たれている。白く曇った外を見ているうちに西湖を思い出した。2メートルの視界もままならないほどの悪天候でボートを出すという暴挙…

 待てよ…急いで明日の天気を見ると一日中の雨だった。雨は、波乱と、期待を含んでは繰り返し降り続けていた。(中国浙江省のおもいでvol,28『スイカとバナナ』)



 

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