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自宅で気に入っていることと、暮らしのこだわり

小説家 九綱真寿実


幼い頃から目に見えないものへの憧れを抱き、夢を通じてメッセージを受け取ることも多かった私は、人生の早い時期からオカルトや、今で言うスピリチュアル的なものに高い関心を寄せてきました。
インターネットが普及し、スピリチュアルに関する様々な情報も巷に溢れています。

「スピリチュアリスト」、「スピリチュアル・リーダー」という肩書を持つインフルエンサーも登場し、数多くのファンを魅了している昨今。なかでも注目を集めているトピックの一つに、「引き寄せの法則」があります。理想とする状況や叶えたい願望を、まるで手元に引き寄せるかのように現実化する。

そのためのメソッドとして、
・願望を出来る限り詳細にノートに書き出す。それを毎日読む。
・理想とする状況を表すビジョンボードを作成し、日頃、目に付く場所に掲げておく。
・理想や願望をアファメーションとして、繰り返し宣言する。
などが知られていますが、これら全てを内包する手段が、じつはあります。

まさに私が実践した(というよりも結果として、してしまった)のが、「小説を書くこと」です。

場面、場面を想像し、登場人物や状況、背景等を、映画やテレビドラマの舞台装置のように頭のなかに描き出し、「世界」を構築します。
創り出した「世界」を俯瞰しては、接ぎ足したり、取り除いたり。何度も眺めて、納得がいかなければ全部取り壊して、また一から創り直します。これは、ビジョンボードを作成して眺めることで、願望達成のイメージを高める行為に似ています。

さらに、書いては読み、また、書いては読み、を繰り返します。ときには、ぶつぶつと声に出して読み、目を閉じて頭の中の「世界」と合致させ、文章を練り上げます。

これは、ノートに書き出した理想や願望を繰り返し読み、アファメーションとして唱えることと似ています。

すると、ある日突然、不思議な感覚に襲われます。
現実世界と物語世界との境界が曖昧になり、今、自分が何処に居るのか解からなくなる。
誰かの話し声が、登場人物のセリフのように聞こえる。交差点で、すれ違った人のなかに主人公の面影を見る… いつしか物語世界が私の意識を侵食し、現実世界を脅かしているように感じて愕然とします。
これこそまさに、潜在意識の書き換えがなされている状態。こうなると、もはや願望の実現は間近です。
如何でしょう。小説を書くことは、「引き寄せ」のメソッドを実行するのと、ほぼ変わりないと思いませんか?

「物語」が引き寄せた住まい
三度の転勤に伴い、そのつど賃貸マンションに移り住んできた私たち夫婦に「終の棲家」への想いが芽生えたのは、二十回目の結婚記念日を迎えた頃だったでしょうか。
息子も成長し、多忙だった夫の定年を間近に控え、リタイア後の人生について、それぞれが実感を持って考えられるようになったからかもしれません。
とは言え、今すぐにというわけでもなく、インターネットで不動産情報を集め、心惹かれる物件があれば、仲介業者に連絡を取って週末に見学。その足で、近くの観光スポットに立ち寄ったり、ショッピングを楽しんだり。そんな「お気楽家探しツアー」を、しばらく続けていました。

ところが、コロナ禍により生活は一変。夫は、瞬く間にリモートワークに。
これにより、私たちの家探しにおける必須条件のなかから、「通勤の利便性」という項目は下位に落ち、代わりに、「家庭菜園の出来る庭」、「ゆとりある広さと間取り」、「静かで落ち着く周辺環境」の三項目が上位に来ました。人と物と情報に溢れ、何事にも余裕のない都会での暮らしに無自覚であったにせよ、そろそろ限界を感じていたのかもしれません。

けれども、多額のローンを組むのは年齢的に厳しく、条件は限られます。
良くも悪くも、あきらめの悪い?私たちは、むしろこれを好機と捉え、理想の家を求めて、さらに郊外へ、県内全域へと「ツアー」の範囲を広げました。

「今までで、いちばん遠いね」
高速道路を西に向かいながら、夫が言いました。あいにくの雨で、まだ九月にもかかわらず上着が必要なくらいです。インターを下りた辺りで軽く昼食をとり、約束した不動産会社へ。
担当の方から簡単な説明と物件情報のコピーを戴いて、早速現地へ向かいました。
南向きの丘に広がる住宅地は、陽当たり、見晴らしともに良さそうです。
紹介された物件は、「古屋付き土地」ということで、周辺地域の住宅価格に比べ、かなり安くなっています。

「じつは私、こちらの物件をご案内するの、初めてなんですよ」
不動産屋さんが言いました。
取り付け部分が壊れ、傾いている門扉を開け、敷地に入ります。
庭木は伸び放題に茂り、天候のせいか、より心荒うらさび て見えます。

「空き家になって、どれくらいですか」
夫が訊くと
「ちょうど、十年ですね」
手元の資料を見て不動産屋さんがこたえました。玄関の鍵を開けながら、
「残置物が多いので、処分費用がかかってしまうかもしれません」
と、さりげなく追加情報。

「どうぞ、ご覧ください」
通された玄関は、だいぶ埃っぽいものの、網代あじろ の天井に竹籠風たけがごふう の照明。足元には天然木を模した石の式台しきだい があり、なんとも風情のある佇まいです。
小説の第二章で、主人公が、おすそわけのお礼に隣家を訪れる場面を彷彿とさせます。
さらに、奥の座敷から茶の間まで続く間取りは、主人公の自宅。趣味を楽しむ空間そのものです。鉄道模型のレイアウトを繰り広げる様子が目に浮かびます。

そして、広縁。
小説に登場する「本家」は、三棟みむね続きのお屋敷で、それぞれに広縁がある設定です。
レールに積もった土埃のせいで、酷く軋む雨戸を、不動産屋さんは、一枚一枚丁寧に開けてくれました。月を映す池こそありませんが、枝振りの良い梅の木と、庭の様子が見渡せます。
雪見障子に合わせた行灯あんどん 風の灯りが二つ、天井から下がっています。
灯りを点したら、きっと「三五之夕さごのせき 」、月夜の宴の場面になるでしょう。中学生の主人公とお姉さんが、並んで座る背中が見えるようです。
「新潟のうち、思い出すなぁ。こういう処で猫が寝てた」
夫は夫で、子どもの頃に、よく遊びに行ったという母方の祖父母の家を思い描いているようです。

たしかに、古びてはいるものの、杉板すぎいた の天井、竹の欄間らんま かえで 床柱とこばしら 山桜やまざくら 化粧梁けしょうばり など、凝った造作ぞうさく が随所に見られ、飽きることがありません。
気になっていた残置物も、ほとんどは設置された照明器具で、あとは、箪笥二竿と庭の物置ぐらいです。

はじめのうちは、あまり乗り気でない様子だった若い担当の方も、
「良い家ですよね。ほんとにこの価格なのかな…」
と、今一度、資料を見直すほどでした。
「古屋付きの物件ということなので、一応、確認致しますが、もしも購入された場合には、建て替えはお考えですか」
という問いに、
「いえ。このまま使います。建て替えだなんて、勿体ない。残っているものも全部戴きます。
処分どころか、有り難いくらいです。こんな立派な照明器具、今時、なかなか手に入らないですよ」
私たちが揃って応えると、
「ですよね」
不動産屋さんも頷きました。

続く
https://note.com/oyakudachidonet/n/n05fe618c8d85


静岡県出身、神奈川県在住。
母子家庭で育つ。
地元の高校を卒業後、アルバイトを含め様々な職業を経験する。
幼少期から空想壁はあるものの、読書とは縁がなく、
子育てを機に、絵本や童話、児童文学に触れ、
物語の素晴らしさに目覚める。
電子書籍にて小説『占子の兎』を上梓。
現在、新作執筆中。
九綱真寿実 Website (https://kutsunamasumi.com/kutsuna-masumi2023)

九綱真寿実