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自宅で気に入っていることと、暮らしのこだわり ~続き~

小説家 九綱真寿実

「引き寄せの法則」があります。理想とする状況や叶えたい願望を、まるで手元に引き寄せるかのように現実化する。 まさに私が実践したのが、「小説を書くこと」です。 ある日突然、・・・現実世界と物語世界との境界が曖昧になり、・・・
https://note.com/oyakudachidonet/n/n2fe8e398e66e


さて、お話しは続きます。

次のお正月を迎えて間もなく、私たちは小説の舞台さながらのこの家に移り住みました。

手を入れたのは、屋根および外壁の修理と、水回りの設備。傷みの激しかった襖紙と障子を張り替え、畳も入れ替えました。けれども、煤けた土壁、傷のついた柱はそのままに。
残されていた照明器具にはLED電球を取り付け、姿は変わらないまま、新世紀の機能が加わりました。
庭木も、大きくなり過ぎたものは伐採しましたが、梅や躑躅つつじ山茶花さざんか、南天木などは、枝葉を整え、そのまま残しました。朝陽のあたる明るい庭は、四季折々の楽しみの他、念願だった畑も作れます。

こうして、風流で趣深い本来の姿を取り戻した我が家は、引っ越し屋さんが
「温泉旅館みたいですね」
と、褒めてくださるほどに生まれ変わりました。

それから、これは暮らしてみて解かったことなのですが、旧い家なので当然段差があります。大体三~五センチ。大きい処では十センチぐらいの差があります。じつは、この段差があることで床上ゆかうえの埃が拡がるのを防いでいるのです。そのため、掃除の効率も良くなります。
安全性を考えればバリアフリーは有効ですが、こうした昔ながらの工夫も忘れずにいたいものです。


また一方では、家が小説に影響を与えた部分もあります。例えば、電車が走る音。
「ごとん、ごんごん」と表現していましたが、これは、都会を走る地下鉄の音であることに、改めて気付きました。窓から聞こえるローカル線の走る音は、もっと軽やかで繊細です。
「かたんたん、かたんたん」と、書き換えました。
もう一つは、主人公が故郷の町に家を買う場面。物語を先導する重要な部分にも関わらず、長く手付かずのままでしたが、このときの経験が大いに役立ちました。

…と、ここまで良い処ばかり述べましたが、年季の入った家ですから、全く問題がないわけではありません。
耐震基準は満たしていますが、家全体が微妙に傾いています。このパソコンが置かれている机の前の柱には、縦に大きな亀裂が走っています。
大工さん曰く、
「東日本の震災の時に、割れたかもしれないですね」
また、啓蟄けいちつの頃になると、二十センチ余りある百足むかでと、私の掌と変わらぬ大きさの脚高蜘蛛あしだかぐもが相次いでお出ましになり、家族一同おののきました。

けれども、雨戸を締め切られ、真っ暗闇のなかで十年ものあいだ、大地震を踏ん張り、雨ニモマケズ、風ニモマケズ、雪ニモ、夏ノ暑サニモ耐え、この家は、ただひたすらに私たちが来るのを待ち続けていたのだと思えば、なお一層愛しさが募るので御座います。

百足様と蜘蛛様には、
「遅ればせながら只今は、私共が此処こちらあるじで御座います。長きにわたり、害蟲がいちゅうより家を御護り戴き、有難う御座います」
と、報告とともに礼を述べ、外界へお引き取り戴きました。
多少の欠陥も、惚れた目で見りゃ痘痕も靨。まるで「物語」が引き合わせたかのようなこの家と、いつまで連れ添えるかは解かりませんが、ともに枯れ行き、風雅を極めたいものです。



静岡県出身、神奈川県在住。
母子家庭で育つ。
地元の高校を卒業後、アルバイトを含め様々な職業を経験する。
幼少期から空想壁はあるものの、読書とは縁がなく、
子育を機に、絵本や童話、児童文学に触れ、物語の素晴らしさに目覚める。
電子書籍にて小説『占子の兎』を上梓。
現在、新作執筆中。
九綱真寿実 Website (https://kutsunamasumi.com/kutsuna-masumi2023)


九綱真寿実