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受験英語の文法にみる今昔

先日、X(本名:twitter)でこんなことを投稿しました(つぶやきました)。

実際、文法問題の解法を教える、学ぶというのは邪道であるという認識がありました。では現代ではどうか、という話ですが・・・

文法問題で英文法を学ぶときには、正解の選択肢にも触れて、それがどのように用いるものなのか、ちょっとした訂正で正しい文になる場合はどこを変えればよいのか、といったことを確認していきます。集団授業では誤答心理のようなものを推測して講義していきます。

一方で、文法問題を解く手順は、というと、これは頭の中で完成文が予測できて、そこから適切な選択肢を選ぶことになります。つまり、4択などの適語選択問題というのは、基本的には正解肢以外は「見えない」のです。

講義による英文法の授業では、文法問題を予習として事前に解きます。授業は解答後の答え合わせと「感想戦」です。昨日の夜も将棋の王座戦で永瀬拓矢王座と藤井聡太竜王名人で終局後に感想戦を行っていましたが、本譜以外に候補としていた指し手を披露しあい、それで局面がどう変化していくのかを検討するのです。英文法の講義もこうした感想戦の性質を持っています。

つまり、現在の英文法の授業も解法を講義するものではないのです。

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