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君は辞書を見たことがあるか。

昔、鮭は海で切り身の状態で泳いでいると思っている子どもがいるといわれたことがありました。これは鮭の全身の姿を見る機会が少ないためにこう思い込む子どもが出てきたのでしょう。

バウムクーヘンの「バウム」というのは「木」という意味で、バウムクーヘンは木になったものを収穫し、輪切りにして天日干しにしてから出荷します。これも知らない子どもが多いかもしれません。

上の段落の内容はフェイクです。

物書堂版『大辞林4』より

このように辞書を引けばバウムクーヘンが果実でないことくらいは確認できます。

一方、辞書にはいったい何が書いてあるのかという全体的なことを把握している人が、特に現代の人には少ないようです。これが冒頭の鮭の話とつながってきます。持田のような中高年(もうこっちなんですよね・・・)世代の人たちは、製本された紙の辞書を知っていて、所有した経験がある人が大半です。1000ページを超えるぶ厚い本で、小さな字で、一定の順序で項目が配列されているものです。学習用に使うものですと、重さは1kg前後ですかね。情報量が多いため、初期の電子辞書では紙の辞書のすべての情報を電子化することができませんでした。技術の進歩に伴ってフルコンテンツの電子辞書が当たり前になり、ページ数という物理的制約を受けなくなったために紙の辞書よりも用例を多くしている辞書がありますし、見出し語や用例を読み上げる音源を搭載しているものまであります。

こうした歴史的経緯を知る人は、「電子辞書にも紙の辞書と同等以上の情報があるはずだ」ということが分かっているため、ボタン操作やスクロールによって必要な情報を探し出すことができます。これに対して、紙の辞書を知らない人の中には辞書にどのような情報が収められているかが把握できていない人も多いようです。そうすると、電子辞書での検索は「意味調べ」に成り下がり、細かさ操作をせずに最初に画面に映った情報がすべてであると思い込んでしまう傾向もあるようです。

また、書店で手に入るすべての辞書が電子コンテンツとして利用できるわけでもありません。紙でしか利用できない辞書もあります。こうしてみると、紙の辞書に触れ、活用することも、ことばの学びの一環であるといえます。辞書と戯れながら辞書を体感していくことをお勧めします。

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