言葉遣いから見るM-1グランプリ2023決勝の感想
昨年の12月24日にM-1グランプリ2023が開催されました。大きな賞レースの決勝ですと、私は「いいネタはいい文章を書く参考になるんじゃないか」という偏見のもと、ネタを文章に起こしてその表現をあれこれ見る行為をやったりやらなかったりしています。M-1では2021と2022でやってきました。
何だかんだ学ぶことが多いので、今年もついやってしまいました。基本的にはファーストラウンドのネタ順にはなっていますが、最終決戦に進出した3組は後ろに回ってもらい、3位から順番に2本まとめてあれこれ書いていく形式をとっております。
各組におけるネタの一部を引用しておりますけれども、読みやすさを重視するため、セリフの細部を変更したり、注釈を加えている箇所がございます。また、形式上、敬称略となっているところもございますので、ご了承くださいませ。
それでは早速参ります。よろしくお願いいたします。
1.シシガシラ ――ハゲネタに進化の余地を見出す新たな視点
シシガシラが披露したのは、ハゲだけコンプライアンスの範囲外に追いやられていると主張するネタでした。
抜粋箇所はネタの冒頭です。
ハゲネタ自体はこれまでも多くの芸人によって繰り広げられており、お辞儀をしてハゲを指摘されるくだりもまた同様です。ただ、この組の特徴としては、過去のハゲネタをフリに使っているところでございまして、上記のくだりでもお辞儀でハゲを指摘された際には、単にハゲをいじられた点ではなく、「ハゲ方の違いが原因で指摘がちょっとズレてる」という新しい視点からツッコミを入れております。もちろん、ハゲに配慮したネタにはなっているわけですけれども、通常は表現をぼかしたり柔らかくしたりする方法が一般的な配慮なのに対し、この組の場合は「ハゲ側から新たな視点を提示する」という特殊な形で配慮しています。
あるジャンルが進化・発展する際、物事が細分化してゆく傾向がございますけれども、シシガシラのハゲネタにはその萌芽が見られるように思います。つまり、彼らはハゲネタを進化させている最中でございまして、これはすなわちハゲネタにも進化・発展する余地があることが示されたとも言えるのかもしれません。
2.カベポスター ――割り込んででもベストなタイミングでツッコむ
カベポスターが披露したネタは、小学校に伝わるおまじないをやってみた話でした。
抜粋箇所は、そんなおまじないをした時の話からです。
注目点はツッコミの箇所です。この場合、ツッコミは下から3行目に当たる部分ですけれども、永見さんが言い終わる前に浜田さんは最初のツッコミを入れているんです。
若い女性音楽教諭が既婚の校長先生と一緒に車の中でふたりっきりだと判明した時点でもツッコミを入れられたのですが、ここで浜田さんは敢えて「せやなあ」とスルーをすることでひとつ意外性を出す効果があります。それがすぐ後のツッコミにも意外性を付与した可能性が考えられます。
メッセージを添えた写真を校長室前に置いた時点で観客はおかしさを理解できますから、永見さんが言い終わらない段階でツッコんだと考えられます。ツッコミのベストなタイミングは観客がおかしさを理解したタイミングである、という説があるようですが、それに則った好例と言えます。
もう1箇所、おかしさの先端が現れた時点でツッコんでいるところがございます。若い女性音楽教師の「みーちゃん」が校長との愛を絵馬に残していた話のあと辺りからです。
ツッコミどころが出た時点ですかさずツッコんでいます。ぼんやり聞いていると、音楽室が「みーちゃん」の職場であることを見逃してしまう可能性もありますが、ここでツッコんでいくことで音楽室がどういう場所かを改めて示し、以降に起きる出来事の面白さをちゃんと出せるような仕組みにもなっているものと考えられます。
3.マユリカ ――ありふれた短い言葉で観客の興味を引く
マユリカが披露したのは、夫婦生活の倦怠期をやってみるネタでした。
まずはコント序盤からの抜粋です。
非常に無駄のない表現で、特にラスト2行は文字数の割に情報が詰まったセリフとなっています。
まず、1番下のセリフはただ「聞かせて」だけなのですが、何の話を聞かせて欲しいのか全く言及していないにもかかわらず、観客は聞きたい話がちゃんと理解できています。また、寸前まで興味なかったところとの落差で笑いを誘う役割もになっています。
下から2番目のセリフも、誰の葬式か言及していませんが、こちらも問題なく理解できるようになっています。また、本当に少ない文字数で、しかも日常にありふれた言葉を用いて、倦怠期の妻の興味を引いて然るべき話題にしている点は注目すべきところかと存じます。非常に効率の良い言葉の使い方を心得ているからこそできる芸当でしょう。
ありふれた言葉を用いて、少ない文字数で、人の興味を引く。その特徴がよく出た部分が他にもございます。例えば、以下の部分です。
友達3人それぞれのプロフィールはどれもほんの少ししか語られていないのですが、一発で奇人と分かるようになっています。しかも、単語一つひとつに関しては決して奇妙さが前に出ている単語ではないのですが、組み合わせることによってちゃんと奇人になっています。また、奇人過ぎてもおらず、日常生活でギリ遭遇しそうな奇人を作り上げることによって、リアリティを増しています。どちらかと言うとこのネタの場合はリアルな倦怠期を出すことが大切になってきますので、このような選択になったと思われます。
4.真空ジェシカ ――伝わるかどうか絶妙な言葉を駆使する
真空ジェシカが披露したのは、映画館ならぬA画館でもなくZ画館に行くネタでした。
抜粋箇所はZ画館に入り、独特な雰囲気に面食らった辺りからです。
真空ジェシカの特徴として、世間一般に伝わるかどうかギリギリの単語をネタに採用するところがございまして、上記引用部分でもその特徴が現れています。該当する単語は「ドラ泣き」および「ムービー勝山」です。
「ムービー勝山」が「ムーディ勝山」をもじった人物であり、映画の「ムービー」とかけている名前でもございますけれども、そんな説明は野暮と言わんばかりに真空ジェシカは何の説明もしません。敢えて言及したのは「右からの質問を左に受け流された」というツッコミのみです。
「ドラ泣き」に関しては端的な説明をしています。敢えて説明した理由としては、「ドラ泣き」の世間への浸透具合がイマイチで通じない人がいることを危惧したか、もしくは観客には充分通じる単語だけれども「どらなき」と耳から聞いただけでは「ドラ泣き」のことだと思ってくれない可能性があると考えたかのどちらかではないかと思われます。
5.ダンビラムーチョ ――歌に導くための効率的な会話
ダンビラムーチョが披露したのは、自分が演奏部分を歌うタイプのカラオケをやってみるネタでした。
歌が大半を占めるというネタであり、言葉や文脈よりも歌い方による笑いが多くなっておりますけれども、当然ながら歌を際立たせるための言い回しを採用しています。抜粋箇所は冒頭部分です。
最初の挨拶から大原さんが歌い出す間のくだりになりますけれども、歌い出しまでの会話が思いのほかシンプルです。
副業の話からいきなりカラオケで歌う曲を尋ねたり、「入れる」という言葉を何の説明もなく使ったりと、観客を置いて行くような話をしておりますけれども、敢えてそうすることにより観客の興味を引くと共に、時間短縮の目的もあると考えられます。もちろん、置いてけぼりにされた客の疑問は後に解消されることになるわけですが、原田さんが戸惑っている様子を見せることで、これは敢えてやっているんだと観客に察してもらい、共感による笑いを引き出していると思われます。
6.くらげ ――固有名詞の羅列を笑いに昇華する
くらげが披露したのは、物忘れが激しい相方のために思い出すのを手伝ってあげるネタでした。
ネタの大きな特徴として「固有名詞を羅列する」というものがございます。せっかくなので、その中から3つ抜粋して見ます。まずはサーティワンアイスクリームのフレーバーです。
単語の羅列でウケを狙うとなりますと、単語そのもので何とかするか、単語の並びでどうにかするかの主に2つの方法があるかと存じます。
アイスのフレーバーはちゃんと商品として考えられた名前ではありますけれども、それゆえに笑う余地が出てきてしまうものも出てくるわけです。例えば、「ベリーベリーストロベリー」「バニバニバニラ」などの繰り返す系、「ラブポーションサーティワン」や「ナッツトゥユー」など人によっては気恥ずかしさを感じさせる可能性のある単語は、単独で使っても笑える余地があると言えます。もちろん、言っている人の外見とのギャップで笑いが起きている面もございます。
また、中盤に「バニラ」「チョコ」「ストロベリー」と言った、シンプルでメジャーな名前を挟んでから、再び「オペラザシンフォニー」「ラズベリーホーリーナイト」と盛り返しています。このように出てくる単語の性質に変化をつけることで単調さを少しでも防ぎつつ、笑いを誘おうとしています。
続いて、サンリオのキャラクターです。
単語そのものの語感や意味で笑わせたり、途中で短いものを入れてからまた長めのものに戻す流れで変化をつけたりしている点はサーティワンと同様です。加えて、「ポムポムプリン」から「リルリルフェアリル」までの間のように、同じような語感のものを連続させるという手法も見られます。
最後は口紅のブランドです。
こちらは、これまでのふたつと異なり、本来ならば笑う余地が薄い、真面目さの高い固有名詞ばかりとなっています。それでも、過去に2回、名前の羅列という同じような方法で笑いを取ってきたため、観客にも奇妙な慣れが生じており、ブランド名でも笑えるようになっています。
他にも「レ・メルヴェイユーズ ラデュレ」という充分に長い名前から「レ・メルヴェイユーズ ラデュレ リキッドルージュ」という更に長いものを出して笑わせたり、ラストに短い「ちふれ」を持ってくるなど、過去2回とは異なる方法を用いて変化をつけています。
このごちゃついたくだりのあとに数字というシンプルなものを持ってきて、更に変化をつけていますけれども、これは規模こそ異なれど、長い単語の後に敢えて短い単語を挟む方法と似ていると言えます。
7.モグライダー ――ハプニングに対する抜群の言葉選び
モグライダーが披露したのは、代表作「空に太陽がある限り」を理由に錦野旦さんが面倒臭い女性に絡まれていると思い込み、対策を練り始めるネタでした。
モグライダーのネタはボケのともしげさんが天然で間違えたところをツッコミの芝さんが注意することで笑いを取るという特殊な形を取っているためアドリブ色が強く、事前にセリフを練ることが他の芸人に比べてかなり少ないと思われます。
ただもちろん言葉の上での注目点はございます。中盤辺りから抜粋します。
ともしげさんは恐らく間違えて関西弁っぽく言ってしまったのだと思いますが、芝さんはそれを「関西弁を使う」ではなく「大阪に行った」という表現でツッコみます。正確には話が若干嚙み合っていないんですが、言っていることはよく分かるようになっています。更には、ともしげさんがセリフを言う方向を間違えてしまった時に、すかさず前に言った自分の言葉を踏まえた表現でツッコんでいます。「どこ見てんの」から「大阪に女ができた」までは意味としては距離がございますけれども、事前に大阪に行ったくだりが存在していることで、意味の跳躍としては問題ない距離になっています。
コンビとしての活動が長いため、相方がどのように間違えるのかある程度は想定できているからこそのツッコミなんでしょうけれども、それにしても高い対応力を持っていることがこのわずかな会話でも見て取れます。
8.さや香 ――いくつもの役割を持たせる説明
さや香が1本目に披露したのは、初めてのホストファミリーに緊張して留学生が来る前に飛んでしまおうか悩むネタでした。
抜粋箇所は一番最初からです。
この限られたやりとりで、様々な機能が果たされています。
まずは導入部です。いきなり話を始めることで挨拶の時間を短縮すると共に、ボケのひとつとしての役割も果たし、ホストファミリーというテーマに入るための必然性を作る目的も有しています。
そこから、「結婚していて子供もいる」という言葉だけで石井さんがホームステイを受け入れられる環境であることを示すと共に、「しっかり迎える準備ができている」というイメージを観客に植え付けています。2ヶ月前に決まっている点もまた、充分に準備できているだろうと観客に何となく思わせる効果があると思われます。当然ながら、これらによってちゃんとしたイメージが出来上がっているために、「ホストファミリーが飛ぶ」という行為により多くのギャップを生じさせ、笑いやすくしています。
ブラジル出身のエンゾ君は、出身地も名前もあとにボケで使うこともあり、紹介するのに最も自然なタイミング、つまりホストファミリーに応募したと言う際に言及してあります。ホストファミリーの話に具体性を持たせると共に、伏線としての役割も果たしています。
続いて2本目に披露した、独特な計算方法「見せ算」のネタからも抜粋します。こちらも冒頭からです。
こちらも立て板に水と言った話し方で、分かりやすい表現となってはいます。上記箇所が担う役割は1本目とほぼ同じで、本題に入るための導入部となっています。上記箇所の場合は、なぜ「見せ算」を作ったのかを、社会情勢を背景に説明しています。
しかし、明らかに1本目よりは長いです。それは単純に「『四則演算』に新しいものを加える」というテーマが、ホストファミリーよりも説明が要るからだと思います。もともとあるものよりも、新たに作ったもののほうが多くの説明が必要になるのは当然ですし、そもそも「四則演算」の説明がどうしても要る。そのため、説明が長くなってしまったものと考えられます。充分に無駄は省けているのは大前提ですが。
9.ヤーレンズ ――人の盲点を突くおかしさの応酬
ヤーレンズは1本目が引っ越し先の大家さんに挨拶するネタ、2本目がラーメン屋さんに行くネタでございました。
抜粋箇所はまず2本目の後半からです。
ボケとツッコミの激しい応酬が見て取れます。ボケてツッコんで、その直後にまたボケてと、大体のセリフがボケかツッコミになっています。一見するとくだらないものもありますが、全てのやり取りに共通して言えるのは観客の予想外なセリフが続くところで、言葉遣いはもちろん、会話のテンポやキャラクターもまた観客の予想の外から笑わせるのに一役買っていると考えられます。
個人的に、特に印象深いやり取りが1本目にございます。
言われた直後に同じことを聞いてるわけなんですが、「聞いたものと同じことを質問するわけない」という人間の思い込みを突いた形となっています。こういう、ちょっとした盲点を突くのは簡単そうでなかなか難しい。
おかしさがすぐ分かるのに、会話は手短で簡潔、かつ自然に仕上がっており、不特定多数の観客に見せる漫才としてはひとつの最適解にも見えます。
10.令和ロマン ――語り掛けで観客の心を掌握する
令和ロマンが披露したのは、1本目が登校時に転校生とぶつかる場面に疑問を呈していくネタ、2本目がお勧めのドラマを人力でやってみるネタでした。
抜粋箇所はまず1本目の冒頭、高比良さんが相方の紹介を始める場面です。
「あれ」とか「ここ」とか、指示代名詞が多いのは、身振り手振りで説明している箇所なためでございまして、そこのところはご了承いただくといたしまして、注目点は「観客に語り掛けている部分が多い」というところです。「松井ケムリさん率いる皆さんに」や「マジで全員で考えたくて」のように、客を巻き込んだボケも存在している。観客としてはネタをより自分事のように思い、ネタに入り込みやすい効果を生んだと考えられます。当然ながら、高比良さんの身振り手振り、顔の向きや表情なども重要です。今大会でここまで観客に語り掛けるようなネタを展開した方は他にいませんでした。というか、普通の芸人はもっとネタや相方との会話に注意が向けられ、観客への発言は形式上みたいな感じになることが多いです。特にネタ時間が厳しく制限される賞レースともなりますとなおさらです。
観客を巻き込んだくだりはこれに留まりません。1本目、生徒ふたりがすれ違う時に、日体大の集団行動をしているんじゃないかというくだりの後から抜粋します。
忘れた頃にまた観客に訴えかけています。この辺りがよくウケたのは、高比良さんが冒頭から観客に語り掛けてきたことが大きく影響していると考えられます。
しゃべくり漫才のため観客に語り掛けるチャンスが多かった1本目に比べて、2本目はネタ中にコントへ入るコント漫才でございます。それでも、観客に語り掛けるタイミングはございまして、冒頭がそれに当たります。当然ながら、ここでも高比良さんは観客に向かって語りかけます。
「お久しぶりですね」「なんで繋げているか覚えてますか」など、高比良さんを中心にすかさず観客へ語りかけています。2本目ともなりますと、観客もより好意的になっていたものと考えられます。
1本目の出番順が1番目だったことを活用して語りかけるくだりは、昨年の決勝でウエストランドが披露した2本目の冒頭を髣髴とさせます。ウエストランドが1本目の出番順が最後だったのに対して、令和ロマンは最初という違いはございますが、根底は同じです。
コントは観客と演者が別の世界であるという暗黙の了解があるため、舞台から観客へ話しかけることはまずありません。さすがの高比良さんもこの原則を守ってはいます。しかし、どこか観客に向かって訴えかけるようなシーンが多かったように思います。もともとの癖なのか敢えてやっているのかは分かりませんが、これまでの流れから考えてプラスに働いたことは確かです。
今回の感想は以上となります。また、本更新をもって新年のご挨拶と代えさせていただきます。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。本年もよろしくお願いいたします。
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