見出し画像

人魚姫式 時限爆弾

 ドラえもんで印象深い話があります。

 ドラえもんが知り合いの女の子に「人魚姫」を読ませますが、主人公の人魚姫は泡になって消えてしまうという例の悲しい結末に女の子は泣き出してしまいます。鳴き声を聞きつけてやってきたのび太のママはドラえもんが泣かせたと思って彼を叱ります。人魚姫の思わぬとばっちりを受けたドラえもんは「この本が悲しいからいけないんだ」と結論づけ、「絵本入り込みぐつ」という絵本の世界へ入れる秘密道具で人魚姫の世界へ突入します。

 ご存じの通り、人魚姫が悲劇的な結末へ辿り着くまでにターニングポイントはふたつあります。

 ひとつは魔女です。人間に興味を持った人魚姫は足が欲しいと魔女に頼みますが、魔女は「じゃあ代わりにその声を寄こせ」と言ってくる。原作では人魚姫がその条件を飲んだことで悲劇ルートを突き進む羽目になるのですが、ドラえもんがそこに待ったをかけます。調べたところ、ドラえもんは「ひどい。足ぐらいただでやればいいのに。かわいそうに。情け知らず。けちんぼ」などと魔女に交渉を持ち掛け、人魚姫はタダで足をゲットしました。

 もうひとつは王子様です。原作ではしわがれた声のせいで人魚姫は王子様とロクに会話ができず、せっかく好きになった王子様は隣の国のお姫様と結婚してしまいます。結果、人魚姫は海へダイブして泡になるエンディングを迎えるんですが、ドラえもんがひと暴れしたバージョンの人魚姫はちゃんと美しい声が維持されています。しかし、人魚姫の引っ込み思案なところが災いしてか、王子様は隣のお姫様との婚約を決めるという原作ルートへ。もちろん、ドラえもんは人魚姫を引き連れて王子様と交渉します。「おん知らず。うわき者。あんたもいってやれ いってやれ。」。交渉の甲斐あって人魚姫は王子様と結ばれ、泡にならずにすみました。

 ドラえもんが「人魚姫」の改造を済ませた頃、女の子はのび太へ人魚姫を読むようお願いしていました。女の子に人魚姫を読み聞かせるとどうなるか知っていたのび太は「これはお話だからね、なくんじゃないよ。」と言って絵本を開きますが、「人魚姫」の世界はドラえもんが散々荒らし回った後の状態です。魔女からタダで足をゲットし、当たり前のように王子様と結婚してグッドエンドに突き進む人魚姫。誰も知らない人魚姫に戸惑うのび太の横で女の子は「お話が違う」と言って結局泣いてしまい、エピソードは終了します。

 悲劇じゃなければいいだろと思ったら全然そんなことなかった。子供だった私にはそこが印象に残りました。人間誰しも悲しい目に遭いたくないはずなんですが、どうしてそう思うんだろう。小さな疑問は私の心にずっと残っていました。

 それからしばらくして、似たような状況に遭遇します。日本で最も有名なRPGと言っても過言ではないドラゴンクエストの4作目「ドラゴンクエストIV 導かれし者たち」では恋人のロザリーを人間に殺され復習に燃えるピサロが最後まで主人公の前に立ちはだかります。今でも人気のゲームで、発売当時は私もアホみたいにやりまくりました。

 発売から10年以上経った頃、ドラクエ4は新しいゲーム機でリメイクされ、再び発売されました。圧倒的に綺麗になったグラフィックももちろんですが、ゲームクリア後に遊べる追加シナリオも話題になりました。本来ならば悲劇の悪役として倒されてしまうピサロですが、追加シナリオでは主人公がロザリーを復活させてピサロを復習から解き放ち、共に黒幕と戦うようになります。

 もともと強い敵が仲間になる流れが好きな私は嬉々としてピサロとの冒険を楽しんでいました。何より、黒幕を倒したあとのピサロはロザリーと静かに暮らすというラストを迎え、単純に「よかったね」と思ったんです。ただ、ネットを見たところ、「いやいや、この終わりはないわ」という意見があると知りました。人魚姫に二度泣かされた女の子と同じです。

 ドラえもんを読んでいた頃に比べてだいぶ大人になっていた私はひとつの推測をしました。原作の話がいいと思った人は、リメイクだろうが何だろうが、ストーリーをいじられると嫌なんだろうなと。

 私も音楽で似たような経験があります。音楽には「リミックス」という考え方があります。もともとある曲を編集して新しい曲を作る手法です。

 とある曲が好きで散々聞いていると、その曲のリミックスがあるという情報を得る時があります。原曲がいいのならリミックスもいいだろうと思って聞くと、なんか違うんです。どうしてこんなことしちゃうのと思ってしまう。「こっちもいいじゃん」となるリミックスがあるのも事実ですが、原曲が好きすぎる場合、リミックスを聞くのは気をつけた方がいいと思い知りました。

 ややこしいことに逆のパターンもあるんです。リミックスされた曲と先に出会い、「いいじゃんこれ。原曲はどんなだろう」と思ってワクワクして聞いたら「あれ、こんな感じなの」と首をひねってしまう。

 実は絵本の「人魚姫」もこっちのパターンらしいんです。出典がウィキペディアではありますけれども、あらすじの項目を読むと、原作は泡になってからの人魚姫についても語られているみたいなんです。

 もともとある話を現在の絵本に落とし込む場合もまた、往々にして原作に手を加えられます。現在の価値観に合わせるためだったり、話を短くまとめるためだったり、理由はいろいろでしょう。人魚姫の場合は、人魚姫が泡になった場面がクライマックスで、後の話は文字通りちょっとした後日談みたいな形になっているため、なくてもいいやと判断されたのかもしれない。

 バシッと決まった悲劇があるのは分かりつつも、やっぱりハッピーエンドが好きな私には、本当の原作の人魚姫エンドは救いがある気がしていいなと思うんですが、「いやいや、泡で終わってくれよ」という方もいらっしゃるでしょう。人の価値観は本当に様々で面白いですね。

 そう言えば、以前にアレンジが我慢できない知人の話をしました。その方は歌をうたおうとすると、無意識のうちに原曲をアレンジして歌ってしまうんです。

 歌としてはちゃんと成り立っているので、それは別にいいのですが、その方からしか聞いていない曲がいくつもあると気づいたんです。有名どころではアナと雪の女王の「レット・イット・ゴー」です。

 もちろん、あの大ディズニーが大ヒットさせた大映画ですから、主題歌もチラホラと耳にしたはずなんです。でも、まともに聞いたのはアレンジが我慢できない知人が歌う「レット・イット・ゴー」だけなんです。まともに原曲を聞いたら絶対に「なんだこりゃ」と思うに違いありません。そういう下地は間違いなく出来上がっている。

 爆発しても大した損害のない時限爆弾を抱えている気分です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?