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麻薬探知犬で断る

 友人をこんな2種類に分けられると思うんです。自分と似た性格の人と、自分と正反対の性格の人です。先日に遊んだ友人は後者でした。

 私は人見知りが人見知りを着て歩いているレベルの人見知りでして、店員に尋ねる際にも心のギアを5段階くらい変える必要があるんです。そんな有様ですから、どこかへ行くには事前調査に力を入れまして、なるべく誰かに尋ねなくても済むよう、短時間で効率的に用事を済まし、寄り道せずに家へ帰るんです。外にはいろんな人がいますし、万一、誰かに尋ねる必要があると心が大変だからです。

 でも、友人は全然そんなことありませんで、出かければ興味のおもむくままにいろんなお店やイベントへズンズン入り込んでは店員にあれこれ聞きまくるんです。私がそんな生活を続けたら3日で全身にストレス性の発疹ができるに違いないんですが、友人は全然平気のようです。人類の多様性を感じます。

 そんな感じなので、私がその友人とどこかに出かければ、ラッセル車のようにズンズン突き進む友人のあとを黙ってついていくことになるんです。そして、友人が店員やイベントスタッフと会話する様子をすぐそばでそっと聞き耳を立てている。あまりの影の薄さに店員やイベントスタッフから見た私は友人の背後霊か何かに見えているかもしれません。

 さて、先日も私はラッセル車の背後霊として繁華街をウロウロしていました。その友人と出かけるとしばしばいろんなイベントに参加することとなり、こういうところで書くネタになったりします。その時は税関主催の、麻薬探知犬が麻薬っぽいものを探知するイベントと遭遇しました。開始は1時間後とのこと。麻薬探知犬なんて日常でなかなか見られません。このイベントに参加しよう。私と友人の意見は一致しました。

 しかし、開場で待ち続けるには1時間は長すぎる。「その間、近くをウロウロしよう」と友人は言いました。私は嫌な予感がしました。何しろ友人はいつでもラッセル車になっていろんなところに突撃し、店員やスタッフと話し込む人間です。案の定、友人は小型ロボットを販売している店へ突っ込んでいき、小型ロボットについての質問を店員にバシバシしまくったんです。なんなら店員との話は盛り上がり、再びラッセル車の背後霊と化した私には「イベントに参加するんじゃなかったっけ?」という言葉を挟む余地すら見出せませんでした。

 ですが、心配は無用でした。友人のイベントへの情熱は本物だったようで、イベントの時間が近づくと店員さんにこう切り出しました。

「ロボットに興味があるのはやまやまですけれども、ちょっとこれから麻薬探知犬を見に行く用がありまして」

 友人は店員からパンフレットを丁重に受け取りまして、サッサと麻薬探知犬のイベント会場に向かいました。幸い、ギリギリイベント開始時刻には間に合いまして、麻薬に近いにおいのするタオルが入ったトランクだけを見抜くなど、犬のすごさをバッチリ見学することが出来ました。

 イベントを堪能した私は安心したのかトイレに行きたくなりまして、いざ個室でひとりぼんやりしていた私はふと思ったんです。「購入を断る理由に麻薬探知犬を出された店員は内心、随分と面食らったんじゃなかろうか」と。

 だってそうでしょう。店員だって客に断られたことは何百回とあったでしょうけど、断る理由に麻薬探知犬を引き合いに出す人は友人が初だったと思うんです。店員はどう思ったんでしょうかね。「断る理由を無理やりひねり出してきやがったな」なのか「そんな近くでそんなファンタスティックなイベントがあるのか」なのか。

 当然ながら友人は事実を言っただけです。だとしても、こういうおかしな発言をしてしまう場合があるんだなあと思うと、世の中なかなか一筋縄ではいかないですね。

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