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私の先生


「先生」っていうのは、私の実家で飼っている犬のこと。

齢13歳。
人間に直せば、70代のおばあちゃん。

先生の若い頃といったら、まるで暴れるカツオのようだった。
キャピキャピを通り越して、ビッチビチのバッタバタ!
家具は倒され、カーペットはグチャグチャになり、よく母に怒られていた。

ちょっと前まで、私たち兄弟が遊びに来れば、目の奥がキラッと光り、
暴れまくっていた先生。

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最近の先生ったら、のそのそ~としか動かない。
伸びをしてあくびをしながら、面倒くさそうに近づいてくる。

散歩だって、そうだ。
「散歩いこう!」と言われても、ソファーでぼってり寝ている。
母に揺り起こされて、仕方なさそうに起きる。
後ろ足をソファーに残しながら、ゆっくり伸びをしている。
たまに「ポキ」っと関節の鳴る音が聞こえるよ。


私はそんなに実家には帰れないから、先生の歳を取る早さに驚いてしまう。
昔みたいに、空をも飛べそうな勢いで向かって来てくれないかな…。


ただ最近、私の悩みを聞いてくれるようになった。
目をじ~っと見つめながら、何でも知ってる仙人みたいな表情で、
まばたきのリズムも何か意味ありげ。
だから「先生」って呼ぶことにした。

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私は今の職場をもうすぐ退職するのだけれど、次の転職先が見つからない。
この歳になっても、不採用の手紙が来れば、いちいち落ち込むし、
恥ずかしいけど、不安でお腹がゆるくなる。

だから先日、どうしようもなくて、朝4時に起きて実家に帰った。
誰にも言えない、というか言っても仕方ないことを、先生に聞いてもらおうと思ったのだ。

どんよりとした心で、今にも泣きそうな気持ちのまま、実家に着いた。
先生ったら、ストーブの前で寝そべっている。
近寄ろうとした、その瞬間…

「ぶっ…!」
音が聞こえた。
その後、もわ~んと広がる匂い…。
先生のおならは、昔からくさい。

急におもしろくなってきて、ゲラゲラ笑ってしまった。
あれっ?私、なんで実家に帰ってきたのだろう。


相変わらず先生は、ひなたぼっこをしながら昼寝をし、
ご飯をもりもり食べて、のそのそ散歩をしながら
もりっとウンチをしていた。

「食べた以上にウンチをしていないか…?」
そんなことを考える頃には、泣きそうな気持ちなんて忘れていた。

私はひとりで何を焦りまくっていたんだろう。
それこそ、過呼吸になりそうなくらいに息苦しくなって。

人生の岐路に立って、大切なことをやろうとしているんだから、
ゆっくり、ひとつひとつ丁寧に、慎重にやっていけばいいじゃないか。

うまく行かない日があっても、きっと大丈夫だ。
先生は、ゆっくりまばたきをした。


久しぶりに帰省したので、帰る時、両親は、あれも持って行け~、
これも持って行け~と、母の料理やら、家庭菜園で育てた野菜やら、
どこかで買ったモフモフのスリッパやら、色んな物を持たせてくれた。

それを横目に先生は、相変わらずソファーで餅のように
でろ~んと寝ている。

先生の「時」は早い。
でも流れる時間は、ゆっくりだ。


自分の住む町まで、車で5時間。
心の風向きが変わったことを実感しながら、
また近いうちに、先生に会いに行こうと思った。



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