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余所者を戸惑わせるトイレ

 前回、いきつけの、じゃない、かかりつけの病院での話を書きました。皮膚のトラブルがとにかく多かった私は、一時期とある皮膚科医院に通いつめまして、甲斐あって今では通院しなくてもかなり安定した状態を保てているところです。

 その病院は予約を取るのも困難なレベルで人気がありました。予約なしでも診察はしてもらえるんですが、予約者の間に診察するシステムらしく、受付から診察まで2時間かかる場合もあるという、某ディズニーリゾートの人気アトラクションみたいな感じになっていました。

 そんなとある日の診察も無事に終わりまして、あとは診察料を払って処方箋をもらうだけとなりました。そこで珍しくトイレに行きたくなりました。

 わざわざ「珍しく」と書いたのは、私、他人の家ではなるべくトイレを借りないようにしていたからです。本当は公共の場所のトイレもなるべく使いたくないんです。最近はだいぶマシになりましたが、未だにこの世の地獄みたいなトイレをたまに見かけますし。ただ、公共のトイレはシステムが大体一緒で、使う分には別に戸惑わない。

 個人の家みたいに、管理している人の特徴が出やすいトイレは、時によそでは見られない独自システムが組み込まれてたりするんです。いや、本当に。どうやれば用を足せるのか一瞬分からなくなるような便座カバーがついていたりとか、用を足したあとに必ず使わなければいけない謎スプレーがあったりとか、なんかこう余所者の排便を挫くような独自仕様がちょこちょこ見られるんです。他人様のトイレを下手に汚すわけにもいきませんし、いろいろ気を遣わなくちゃいけなくなるんで、借りるのに躊躇するんです。

 開業医のトイレも性質的には他人の家に近いですので、出かける前に用を足すなど毎回のように入念な準備をしていたんです。しかし、そんな努力を嘲笑うかのように想定外の事態をぶっこんでくるのが自然現象というやつであります。人体の働きもまた自然現象のひとつでありますから、想定外のタイミングでトイレに行きたくなる時がどうしても出てくる。

 もうちょっと我慢できれば支払いアンド処方箋ゲットでバイバイできる段階ではありましたが、もう限界でした。背に腹は代えられません。独自システムの洗礼を浴びること覚悟で、皮膚科医院のトイレを借りることにしました。

 ドアを開けてトイレに入った私は茫然としました。まず、床に今時珍しい和式便器が口を開けているんです。まあ、和式便器くらいは田舎育ちの私には子供の頃にちょこちょこ遭遇してきた物体です。使い方も幼少期をちょろっと思い出せば問題ない。

 問題なのは、なぜかその和式便器が4畳くらいの部屋の真ん中にあることです。トイレには便器を除けば水をためる白い陶器のタンクしかない。4畳間と言えば狭い居室の代名詞みたいに語られますが、トイレとしてはあまりにも広い。ここでパンツを下ろしていいのか不安になる広さです。そして、便器のそばにはトイレットペーパーのスタンドがある。使い方は何となく分かりますが、初めて見るものなのでしっかり戸惑います。

 そして、最も独特だったのは水の流し方です。上からぶら下がった紐を引っ張ると水が流れるタイプでした。昔そういうタイプのトイレがあったと噂には聞いていましたけれども、かかりつけの病院で出会うとは思いませんでした。本当に水が流れるのか不安でしたが、引っ張ると確かに水が流れる。なぜか不思議な気分になりました。

 トイレの使い道に戸惑っていたせいか、受付の女性を随分と待たせてしまったみたいです。どうもすいません。

 その病院は閉院してしまったため、今ではそのトイレを使う機会もなくなってしまったのですが、だからなおさら思うんです。あのトイレは何かの幻だったんじゃないかと。しっかり用まで足しておいて何言ってんだって話ですが。

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