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鼻毛損壊は罪か

 年齢を重ねると必然的に知識とか知恵がついてきます。それは時に、様々なルールや決まりを知ることにもなります。

 友人と喫茶店で休んでいたんです。すると、友人は私に尋ねました。

「もしお葬式の時、ご遺体から鼻毛が出ていたらカットすべきだろうか」

 「いろいろと何言ってんの」と私は普段のノリでツッコんでしまいましたが、確かにちゃんと考えると結構な難問だと気づいたんです。

 常識的に考えれば、なるべくちゃんとした格好で送り出したいのが遺族の願いなはずです。だから、それぞれの宗教や風習に沿いつつも、故人の外見をなるべく整えて葬儀に臨むと思うんです。髪がボサボサであるよりはセットしてあるほうがいいでしょうし、鼻毛は飛び出していないに越したことはない。少なくとも現代日本人の大半がそのような価値観だと思います。亡くなられた後とは言え、飛び出た鼻毛は処理した方がいいだろうと考える人は多いでしょう。

 そこに立ちふさがるのが刑法第190条、いわゆる「死体損壊等罪」です。

死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3年以下の懲役に処する。

 現実から創作まで、物騒な事件になるとよく出てくるのがこの死体損壊等罪です。要は、ご遺体やご遺体と共に収められたものを傷つけるなというわけですね。もちろん、当時の私も条文を調べました。すると「遺髪」、すなわち故人の髪も傷つけた際に罪が適用されそうな文面になっている。

 ここで悩んでしまったんです。「鼻毛は遺髪に入るのか」と。鼻毛は髪と同様に毛ではありますが、髪と言うには無理があります。鼻毛が髪なら髭もわき毛も、すね毛だって髪に入れろよという話になります。となると、鼻毛は条文でいうところの「死体」に入るのでしょうか。だとすると、なぜ遺髪だけ別項目としてわざわざ条文に記したのかという話になります。

 法律の素人がふたりで悩んでも答えが出るわけでなし、スマートフォンで検索することにしました。すると、弁護士ドットコムのページがヒットしました。

 上記ページで弁護士の方が答えていることを抜粋します。

死体損壊罪にいう「損壊」とは判例上、物理的に破壊する行為をいうため、爪を切ったり髪を切断したりは形式的には損壊行為に当たります。
もっとも、本罪の保護法益は公衆の敬虔感情や死者に対する敬虔感情であること、及遺髪や遺爪を遺品として残して手元にとっておくという文化は現在の日本でも地方によっては存しますから、死体損壊罪の構成要件には該当したとしても可罰的違法性がないとして逮捕されたりする心配はないかと存じます。

 つまり、髪を切る行為は死体を損壊していることにはなりますが、そもそも死体損壊等罪は世間一般の方々が故人に対して敬う感情を守るために作られた側面があるようです。そのため、例えば故人の髪を遺品として残す文化が存在している日本では、ご遺体の髪を切ったとしても、死体を損壊してはいるけれども、刑罰を与えるほどの違法性はないと判断され、逮捕されない可能性が非常に高いようです。

 ただし、もちろん何でもやっていいわけではないようです。

もっとも、脳については頭蓋骨を開披した上で取得することになりますし、文化的にも通常みられない行為ですから、こちらについては本罪の保護法益である公衆の敬虔感情を害するとして死体損壊罪に該当する可能性は高いかと存じます。

 大半の人が「いやいや、さすがにそれはないでしょ」という行為になりますと、「それは死体損壊等罪だよ」ということになってしまうわけですね。そう考えると、よりちゃんとした格好で旅立たせたいと遺族が考え、鼻毛をササッとカットする程度では、死体を損壊はしているけれども逮捕はされない、というところで落ち着きそうです。

 子供の頃に「ご遺体の鼻毛をカットして大丈夫か」と聞かれたら「余裕でしょ」くらいは言ったかもしれません。当時は死体損壊等罪なんて知らないですから、自分の常識で勝手に判断したに違いない。大人になり、世の中には法律というものがあると知り、それを守って行動しようと考えるようになった。その結果、随分遠回りをして、結局は子供の頃に出していたであろう結論と同じ場所に辿り着いた。なまじ知識があったがために、判断に時間がかかったと言わざるを得ません。知識や知恵はあったほうがいいと考えがちですし、実際にあったほうがいいことが多い。しかし、必ずしもそうではないと、鼻毛カットで思い知らされることとなりました。

 まあ、喫茶店で鼻毛の話で盛り上がるのが大人のすることかとは思いますが。

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