見出し画像

クズキャラがリアクション芸を担うのか

 スネーク・フライトという映画がございます。アメリカで制作され、公開は2006年、主演は名優サミュエル・L・ジャクソンです。

 内容を簡単に説明すると、飛行機の荷物に入っていた大量の毒蛇がフライト中に次々と逃げ出して乗客はパニックパニックまたパニックという、とっても分かりやすい動物パニック映画です。飛行機に大量の毒蛇がいたらヤバいでしょ、という極めて真っ直ぐな発想に真正面から取り組んだ作品で、ご丁寧に毒蛇は興奮剤で近くにいる者すべてに襲いかかるようになっている。

 夜中にコッソリ抜け出してトイレでいろいろしているカップルが最優先で犠牲になったり、そうかと思えば別のトイレでおしっこをしている男性のよりによってそこかよという場所を真っ先に噛まれたりと、「ホラーにはやっぱりセクシーさもないとな」という、これまたベタベタ、もとい伝統的な手法を使っていました。

 そんな中に嫌な感じのビジネスマンが客として乗っていました。もう最初から眉をひそめてアメリカンな悪態をつく。毒蛇が暴れ出して騒ぎになっても、ビジネスマンは嫌な感じを貫き通します。そのうちビジネスマンは蛇に襲われそうになったからと、あろうことか他の客が連れて来た子犬を蛇に投げつけて身代わりにします。もちろん、蛇はノンストップで子犬を飲み込む。CGと分かっていてもいい気分はしません。

 そんなビジネスマンも数分後には、一体飛行機のどこに潜んでいたんだというレベルの大蛇によって身体をグルグル巻きにされ、頭からちょっとずつパクパクされるという最期を迎えることとなります。

 一緒に見ていた映画好きの友人は「王道の展開だな」と言いました。友人曰く「嫌なやつが悪いことをしたあと、天誅を食らうように犠牲になるのはパニック映画やホラー映画じゃよくある話だよ」とのことです。スクリーンではビジネスマンの下半身を口から出しながら鎌首をブルンブルン振り回す大蛇が映っているんですが、友人は「その割には、あのビジネスマンは悪いことしてから天誅が来るまでが早すぎだけどな」と言って笑ってました。

 酷いやつ、すなわちヒールが酷い目に遭うのを、人はしばしば許容します。普通の人が怪我をすると心配するのに、ヒールが同じような怪我をしても「あいつは酷いやつだからしょうがない」なんて平然と考えたりする。何ならちょっと「ざまあみろ」と思う時もあるかもしれない。そういう心理を利用したのが、パニック&ホラー映画にしばしば出てくる「天誅」なんでしょう。ヒールが悲惨な形でスクリーンから退場し、その最期をかわいそうと思いつつ、どこかスカッとする。これもまたエンターテイメントの一部となっているのだと思います。

 さて、ひるがえって昨今のお笑いに話を映しますと、いわゆるリアクション芸というものがちょっと存続の危機に立たされてるんじゃないかという意見をチラホラ見聞きするようになりました。リアクション芸とは文字通り何か起きた時の反応(リアクション)を見て笑ってもらう芸です。思わぬ状況に驚いたり慌てたりする反応がウケやすいためか、リアクション芸人と呼ばれる方々はドッキリで驚かされるか、打撃などの衝撃を受けて悶絶する仕事が多い。芸人はウケが欲しくてやってきたわけなんですが、酷い目に遭う様子を笑う形になるため、やがて世間ではそういうものを公共の電波で流すのはよろしくないんじゃないかという考えになってきた。それでリアクション芸人が「ちょっとこれはヤバいぞ」となっているというのです。

 とは言うものの、今のところはまだまだテレビや動画でリアクション芸を楽しむことができます。一時期に比べてソフトな表現にして生き残りを試みる番組もあれば、まだまだ過酷な企画で頑張る番組もある。「水曜日のダウンタウン」は恐らく後者でしょう。

 水曜日のダウンタウンで過酷かつ理不尽な企画に巻き込まれやすい芸人は何名かいらっしゃいますが、筆頭はクロちゃんであり、コロコロチキチキペッパーズのナダルさんもまたよく使われているように見えます。ナダルさんは先日も千葉の山奥に拉致され、カラオケが絡んだ何だかよく分からないゲームを強制される事態に追い込まれていました。クロちゃんに至ってはここで説明する必要がないくらい、特殊極まる企画に日々強制参加させられています。

 リアクション芸は文字通り身体を張る芸です。笑ってもらうためには、かわいそうに見られてはいけない。そのため、リアクション芸人は往々にして体格がしっかりしていたり、運動神経がよかったり、とにかく元気だったりします。出川さんしかり、ダチョウ倶楽部しかり、たけし軍団しかり。明らかに細くて大人しそうな外見のMr.オクレさんやカラテカ矢部さんが半裸で氷風呂に放り込まれる映像がぼんやりと私の脳裏に残っていますが、まあ基本的にはそんな感じだと思います。その点を考えると、クロちゃんもナダルさんも体格はいいほうです。

 しかし、クロちゃんとナダルさんのふたりには、これまでのリアクション芸人と明らかに異なる点があります。それは、いわゆる「クズキャラ」というやつです。カメラが回っている前で悪態をついたり、嘘をついて己の罪を隠そうとしたり、とてもじゃないが褒められたものではない行為を連発する。

 もちろん、これまでのリアクション芸人だって文句を言ったり嘘をついたりと、ダメな部分は出して来たと思います。でも、テレビの前で一貫してヒールなポジションを維持しているのは以前のリアクション芸人では見られなかった傾向です。そんなヒールが様々な企画に巻き込まれていき、酷い目に遭う様を視聴者が見て楽しんでいる。

 なんかクロちゃんとナダルさんはスネーク・フライトの嫌なビジネスマンと同じ扱いなんじゃないかと思えてきました。もちろん、ネットで調べればクロちゃんやナダルさんをかわいそうだと言う方もいらっしゃいますけれども、他の人が同じ目に遭うよりも恐らく少ないのではないかと考えられます。なぜかと言うとやはりヒールだから。

 いいか悪いかは別として、ヒールが酷い目に遭う様子を許容し、時に歓迎してしまう人の心理は確実に存在しているものです。そこをなるべく有効活用したのが、パニック映画やホラー映画の天誅であり、一部の現代リアクション芸になっているのだと思います。

 未来がどうなるかは分かりませんが、ひょっとするとクズキャラは今後のリアクション芸を担う一派になっていくのかもしれないと、何となく考えた次第です。

この記事が参加している募集

#映画感想文

68,115件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?