見出し画像

不審者を盛った男

 近所で不審者情報が出れば私だって怖いですが、好運なことに今まで出会ったことがございません。いや、分かってはいるんです。私なんかに声をかけたり下半身を見せたりしても、不審者側は何も楽しくないに違いない。だから、出会うわけがないというか、出会ったとしても行動を起こしてこないというか、いずれにしろ縁遠い存在です。

 とは言え、少年時代なら出会う可能性があったとは思うんです。子供だとヤバい大人に出会ってもなかなか対処ができないでしょうし、対処ができないとなればヤバい目に遭ってしまうかもしれない。ですから、私が少年をしていた頃は、今の数十倍は不審者を怖がっておりました。

 一時期、家の近くの住宅地で不審者の目撃情報が多発し、そこへ行くときは気をつけなさいと母親に言われたものでした。その住宅地には三島君という仲のいい幼馴染が住んでいたため、どうしても不審者のテリトリーに入らなければならない。三島君の家へ遊びに行くときはいつもビビっていたんですが、結局は会わずじまいでした。

 しかし、三島君はその不審者を目撃してしまったそうです。幸いにも三島君は相手が気づくよりも先に逃げたため無傷でした。そのせいか、私に不審者の話をする三島君の目はバッキバキに開いていて、まるで幽霊でも見たかのようなテンションで私を怖がらせようとしてきました。

 三島君によると、不審者は白髪交じりの男性で髭もまたグレーヘアー、瘦せ型でヨレヨレの黒いスーツを着ていたそうです。でも、サンダルを履いていた。その辺りから私、「ん?」となり始めました。

 一方の三島君は相変わらず妙なテンションで説明を続けます。その不審者は口から泡を吹いていて、右手には鎖鎌、左手には歯ブラシを持っていたそうです。私の反応が鈍かったせいか三島君、話を盛る方向に舵を切ったようです。鎖鎌を持った男が住宅地をうろついていたら、速攻で警察に通報されて逮捕されるに決まってます。口から泡を吹かせたのも私をビビらせようと思っての創作でしょうが、なんで突然、歯磨きの泡に変えたのかもよく分からない。いらないでしょ、歯ブラシ。

 三島君は私を怖がらせようと一生懸命語っていたのに、私の目がどんどん笑っていくことに焦りを感じたのでしょう。もっと斬新な感じで盛らなきゃいけない。そんな義務感から三島君は更にこう語りました。

「階段を下りれるんだけど上れなかった」

 どういう盛り方なのでしょうか、これは。盛る意図が分からない。ビビらせようという気が失せて、やけくそで笑わせようと思ったのか。結局、私が怖がらないと悟った三島君は速攻で別の話題に移りました。

 以降、いろんなところでいろんな不審者の話を聞いてきましたが、階段を下りれるけど上れない不審者はまだ現れていません。あのときの三島君は盛り方を間違えた結果、よく分からない斬新な特徴を思いついたということでしょう。ただし、あのときが三島君の発想のピークだったのか、今では二児の父親として、普通の家庭を築いています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?