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物理よ複雑に動かないでくれ

 学問でも芸術でも運動でも、とにかく何にでもその道に入るきっかけというのがあるはずです。そして、きっかけは日常の中に転がっているもののはずです。

 例えば、捕まえた虫を眺めるのが好きだった子が生物学者になったり、担任教師の真似をして友達を笑わせていた子がものまね芸人になったり、友達に誘われて何となくやりはじめた子がサッカー選手になったりする。もちろん、プロになる人はごく一部の人間ではありますが、入口は誰しもが経験しそうなことだったりする。

 物理学だってもちろんそうでしょう。坂道でボールを転がして遊んでいると、同じように転がしているはずなのに進むルートが毎回微妙に異なる。ボールの大きさや素材によっても挙動が違う。坂道が平坦かデコボコか、途中に障害物があるかどうかでも変わってくる。小さな観察や疑問から未来の物理学者を生み出す場合があるのです。

 別の見方をすれば、日常にありがちな、何でもない行為や現象だって、突き詰めていけばいつかは世界の最先端へ辿り着けるとも言えます。

 そういえば高校時代、物理のテストを控えた友人が、教科書を睨みながらこう呟きました。

「跳ね返って欲しくないなあ」

 何を言ってるんだね君はといじりたくなるような呟きですが、もちろんそう言いたくなる理由があります。

 物理のテストでは時に物の動きを計算で予測する必要があるんですが、例えばボールがただ床を転がっているよりは何かに跳ね返ったほうが明らかに計算が面倒になるわけです。そんなことをしたら問題が解きにくくなるからやめてくれ。友人の呟きはそんな訴えによるものだったのです。

 複雑な動きに悩む。それは友人の勉強が甘いからだと当時は思っていました。勉強の10倍もゲームをしていれば、物が跳ね返るだけで問題が解けなくなるに決まっていると。

 しかし、後になって私は間違いに気づきました。いや、勉強そっちのけでゲームをゴリゴリやってれば変な点数も取るだろうという考えに変わりはありません。ただ、物理の専門家になっても、複雑な動きを記述するのは大変なのだと考え直すようになったのです。

 そりゃもちろん、専門家にもなれば物理をおかずに物理を食えるような方ばかりでしょう。でも、そういう人が駆り出される仕事は、専門家ですら頭を抱えるような難問に違いありません。「跳ね返って欲しくないなあ」みたいなノリで、「こんな複雑な動きして欲しくないなあ」と嘆く日もあるでしょう。

 学生は学生なりに、専門家は専門家なりに大変です。まあ皆さん、無理しすぎずやっていきましょう。

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