見出し画像

先生から駅名を奪った高校

 先生の中には雑談が面白い方がたまにいらっしゃいます。中学校の理科の先生がそうでした。その先生は私たち生徒と同じ町内に住んでいて、同じ町内だからこそ分かるようなローカルネタで笑いを取るのが得意でした。仮に向田先生としておきましょう。

 みんな向田先生の家がどこか知っていました。最初の授業で向田先生が自分で言ったからです。地元の高校が近くにあり、家の向かいにはローカル線の無人駅がある。向田先生の住所はこれくらいの表現でしか書けませんが、中学を卒業して相当の時間が経った今でも私は地図なしで先生の家の門を叩ける自信があります。自ら個人情報をさらしていくスタイル。昔気質の先生ということでしょう。

 向田先生はこうも言ってました。「うちの近くの駅は高校の名前を取っている」と。確かに、「〇〇高校前」というベタベタな名前ではありました。しかし、先生曰く「あれは仕方なくその名前になった」。高校よりも向田先生の家のほうが駅に近い。ただ、目印としてはどう考えても高校のほうが強い。だから駅の名前に採用されたという主張です。

 向田先生の話はこう締めくくられました。「高校がなかったら、あの駅は『向田豪邸前』になっていたはずだ」。

 もちろん笑い話であり、冗談の類です。ただ、向田豪邸の位置情報と共に、先生のこの話がとても記憶に残りました。

 さて、それから月日は流れ、日本は少子高齢化の一途を辿ってゆきました。生まれてくる子供が一時期よりもかなり減り、国内の公立学校が統廃合されてゆきます。そうです、向田先生から駅名を奪ったあの高校も数年前に閉校を迎えることとなったのです。

 そのニュースを知った時、当然ながら私がいち早く思い出したのが向田先生の小話です。高校がなくなれば駅名は変えざるを得ない。一体どんな駅名になるのか。まさか鉄道会社の担当者が暴走して本当に向田豪邸前駅になるのか。ローカル線の無人駅に並々ならぬ熱視線を注いでいましたが、結局は地元のローカル地名を採用するという、あまりにも当然すぎる結果に落ち着きました。

 個人的には向田先生がショックで腰でも砕けてやしないか、心配でなりません。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?