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ドラマチックは続かない

 まだ当時はSNSなんてものがなくて、メールでのやりとりが主流の時代でございました。そんなある日、私の携帯電話へ見慣れぬアドレスからメールが届きました。

 変な表現ではございますが、どうも世の中には人並外れて勤勉な詐欺師がいるようなんです。彼らは新しい技術が生まれると、それを使ってどうにか詐欺ができないか考える。当然、生まれたばかりの技術について熱心に勉強し、うまい活用法を編み出してゆく。

 そのせいか、一般の人がようやくメールに慣れてきた頃には、もう怪しいメールが問題視されていました。フィッシングサイトに導くとか、ウイルスをつけてよこすとか、種類もそれなりに出揃っていました。「知らないアドレスからのメールは開けずに削除」は既に常識となっていたように思います。

 ただ、その時に届いたメールは文面が他と違いました。

あなたも〇〇(バンド名)のファンなんですか?

 詐欺メールは大量のアドレスへ一斉に送り、反応して来た数少ないカモからお金なり何なりを吸い上げる手法なためか、文面は「メアド変わったんですが、用があるので連絡ください」みたいな、誰にでもゆるく当てはまりそうなことだったりとか、「こんな簡単なことで100万円貰える」みたいな大体の人が抱いている欲望を刺激する内容だったりするわけです。あとはせいぜい、知り合いを装って「××さんですか?」とか「メアド変えたので変更お願いします」などと送ってくるくらいでしょうか。でも、このメールはどちらでもありませんでした。欲望を刺激する内容でないのはもちろん、知り合いも装わず、明らかに某バントの楽曲をメールアドレスにしていた私に向けてのメッセージだったんです。

 ピンポイントに私を狙った詐欺の可能性もありましたが、警戒心よりも好奇心が勝ってしまいました。私は「そうです。あなたもですか?」と返事をしてみました。「俺もです!」。すぐにメールが返ってきました。

 それからメールのやりとりで相手について少しだけ教えてもらいました。どうやら私より1歳下の男性で、遠く離れた都会に住んでいるようです。彼は友人とメールでやりとりをしているうち、好きなバンド関連のワードをメールアドレスに入れて送ったらどうなるだろうと思ったようです。結果、多くのメールは送ったっきり反応がないか、もしくは「そんなアドレスありませんよ」的なメッセージを添えて戻ってくるばかりで、唯一、私からちゃんとした返事が戻ってきたらしいんです。

 当時はインターネットが一般人にまで広がり始めた頃でございまして、ネットを通じた出会いが、いいのも悪いのも含めて、ニュースで取り上げられるようになったと記憶しています。ですから、私も「こんな出会いもあるのか」と驚きました。

 出会った時から同じバンドが好きだと分かっていましたから、メールでのやりとりはそれなりに盛り上がりました。バンドについての情報をやりとりしたりですとか、単なる雑談をしてみたりですとか、「いつか会えたらいいっすね」みたいな話も出てきました。

 これが漫画やドラマですと、ふたりは実際に顔を合わせ、バンドでも組んで数年後には武道館ライブを成功されるとか、そういう絵に描いたようなサクセスストーリーを駆け上がっていくんでしょうけれども、私も相手も日々の生活に忙殺されるうちにメールの頻度が落ちてゆき、気づけば全く連絡を取らなくなってしまいました。そのまま何事もなく、私は武道館がどこにあるかすら分からないまま現在に至ります。

 出会いがドラマチックだからといって、それからもドラマチックが続くかと言ったら全然そんなことはないんだと知りました。考えてみれば、長く付き合う友人とか、パートナーになる相手とかは、初めて出会った瞬間を全く覚えていない場合が結構あります。もちろん、記憶に残るほどドラマチックな出会いをしながら長く関係が続く相手もいますけれども、それは別に出会いがドラマチックだから続いたとは限らない。

 もちろん、ここに書いたことでやっぱり武道館という可能性もゼロではありません。あんまり期待せず待ちたいと思います。

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