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公園の策士ふたり

 近所に公園があります。かなり広く、見通しもいい。しかし、住宅地にあるためか、野球もサッカーも禁止です。静かなので散歩には適しています。たまに静かすぎる時もありますが。

 その日も私は散歩をしていました。平日の午前中ということもあってか、広さの割に人の気配に乏しい。隅で白髪交じりの男性がひとり、地面に置いたバッグをゴソゴソしているくらいです。

 一体何をしようとしているのだろう。私は遠くから男性を眺めていました。バッグから取り出したのはテニスのボール、そしてラケットでした。

 男性はボールを真上に上げてはサーブを打ち、真上に上げてはサーブを打ち、を繰り返します。ひとりでやっていますから、ボールは誰もいない地面へ転がっていきく。ただし、コントロールがいいため、転がる先はおおよそ同じ場所。全てのボールを打ち終えると、男性はボールの転がった先へテクテクと歩いてゆきます。そして、ボールを集めると振り返り、反対方向にサーブを打ち始めます。全てのボールを打ち終えると、再びボールの転がった先へ歩いてゆく。そうやって黙々とサーブの練習が繰り返されます。

 公園でこんなことして大丈夫か、と思いましたが、テニスは禁止事項にありません。盲点でした。他の人にとっても盲点なのか、この公園を利用して15年くらい経ちますが、テニスの練習をする人は後にも先にも彼だけです。

 それから数年たったある日の話です。その日も平日の午前中で、人はほとんどいません。せいぜい、灰色のコンクリート壁のそばで、ひとりの男性が地面に置いたバッグをゴソゴソしているくらいです。

 また私は気になりまして、遠くから男性を眺めることにしました。またテニスのラケットが出てくると思いきや、バッグから出てきたのは明らかに別物でした。ラケットよりも明らかに長く、ガットというよりは網っぽいものがついている。

 名前を思い出すのに数分かかりました。ラクロスのスティックです。正式名はクロスと呼ぶようです。更に男性はボールを取り出し、壁打ちを始めました。ラクロスに壁打ちがあるなんて初めて知りましたが、それより何より男性はうまいのか、ボールが一度も地面に落ちません。こうやって人知れずトレーニングしてきた成果なのでしょう。

 テニスが禁止事項に入ってないんですから、ラクロスなんて盲点オブ盲点でしょう。日本人が何人集まろうがどれだけ知恵を絞ろうがラクロスを狙い撃ちして禁止事項に載せる発想なんかまず出てこない。「球技は禁止」とザックリまとめて他のスポーツとまとめて一網打尽にするのが関の山です。

 テニスの男性もラクロスの男性も禁止事項の盲点をつき、公園を好きなように活用しました。しかも、盲点をついた自分に驕ることなく、ご近所に迷惑をかけぬよう、あくまで静かにトレーニングをしていました。そりゃあ、多少は音が出てましたが、恐らくトレーニングの音を聞いたのは本人を除けば私だけでしょう。

 禁止事項の盲点をつくという奇策をやりつつも、近所に迷惑をかけぬよう静かに活動するという王道の戦略も併用する。近所の公園は少なくともふたりの策士が利用しているようです。

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