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人んちの庭を通らされた

 10年くらい前のある夏の暑い日、38度の熱が出てしかも喉がものすごく痛くなったため、仕事を休んで病院に行こうと思ったんです。でも、私にはかかりつけの病院なんて便利なものがありませんでしたから、とりあえずネットで検索して近くにある診療所へ行きました。

 その診療所は住宅地の中にありまして、中に入ると昔ながらの診療所といった感じの雰囲気でした。名前を呼ばれて診察室に入ると、白髪が目立つニコニコした医師が診療してくださいまして、「じゃあお薬出しときますね」という運びになったのですが、いざ診察料を払って処方箋をもらう時、受付の方がこんなことをおっしゃったんです。

「ここを出てすぐ右の庭を突っ切ると薬局がありますからね」

 さすが38度も熱が出ると空耳も半端ないなと思って聞き直すと、受付の方はやっぱり「庭を突っ切れば薬局がありますよ」と言うんです。

「庭を突っ切るんですか」
「大丈夫ですよ、うちの敷地内ですので」

 要するにここは医師の自宅兼診療所で、家主である医師の許可が下りてるも同然だから全然通ってくれとそういうことなんでしょう。

 とりあえず、熱でぼんやりしたままフラフラと人んちの庭を飛び石に沿って歩くことにしました。見れば見るほど個人宅の庭で、当たり前ですが医師の自宅がすぐそばです。何だったら窓ガラス越しに室内が見えるんです。言われた通りにしているとは言え、これは大丈夫なのか、警官に見つかったら職務質問されるんじゃないかと不安になりましたが、庭を通過すると確かに薬局の隣に出たんです。そんなわけですぐに薬を買いまして、人んちの庭を通過した事実にいまいち納得できないまま自宅へ戻り、療養した次第です。

 幸いなことに、以降は激しく発熱することもなく、その診療所の世話になることもありませんけれども、そばを通るたびに「まだ患者に庭を歩かせているのかな」とよく分からない感想を抱くようにはなりました。ことの詳細を伏せておいて何ですが、近くにお住いの方で調子のすぐれない人は是非ご利用を。

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