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偏愛電子マネー

 今では電子マネーとかQRコード決済とか、その手の電子決済システムがたくさんすぎて全然把握しきれていませんけれども、決済時に動物の鳴き声がするのはWAONくらいなんじゃないでしょうか。ご存じ、イオンで使える電子マネーですね。誕生したばかりの頃からイオンに行けばレジのあちこちでワオンワオン鳴いてましたけれども、あれからだいぶ経つのにまだ頑なにワオンワオン鳴いています。

 私としては鳴こうが鳴くまいがどっちでもいい立場ですけれども、中には「別に毎回鳴かなくても」と思う方だっていらっしゃるでしょうし、逆に「鳴き声が可愛い」と肯定的にとらえている方もいらっしゃるでしょう。

 ここでは佐川さんとしておきますが、彼女はこの電子マネーの鳴き声に肯定的な方でございます。支持していると言っていいかもしれない。当然の結果として、日常的にイオンを利用しており、電子マネーを鳴かせる生活を送っています。

 佐川さんは職場の同僚なんですけれども、ある日、仕事の合間の待ち時間にこんなことを言われました。

「星野君はWAON使ってる?」
「いや、使ってないっすね。近くにイオンがないんで」
「そうなんだ。でも、使ったところは見たことあるでしょう」
「ああ、あの犬の鳴き声がするやつ」
「そう、それそれ。あれ使う時、私も一緒に鳴きそうになるんだよね」

 雑談にしたってもっと他に話題がありそうなもんですが、そんな話をされては確認するしかありません。

「一緒にって、あの『ワオン』ってところでですか」
「そうそう。なんかダメなんだよね、あの声を聞くと一緒に鳴きたくなる」

 同僚としての佐川さんは頼りになる方で、すごくちゃんとしてるんですけれども、どういうわけかWAONに対してだけはよく分からない反応をしてしまうようです。

 佐川さんとは一度、職場で使うものを買いに行ったことがあります。佐川さんは、支払いは自分がすると言って聞きませんでした。目的は当然、例の電子マネーを鳴かすためでしょう。

 レジで会計を済ませる間、私は佐川さんの後ろで彼女の様子をうかがっていました。だから、WAONで決済をした時、佐川さんの両肩がピクッと動いたのを見逃しませんでした。決済を終え、荷物を袋に詰めている佐川さんに私は尋ねずにはいられませんでした。

「さっき、鳴くの我慢してたでしょ」

 佐川さんは「バレたか」と言わんばかりに笑っていました。

 電子マネーの決済時に犬が鳴く仕様になるまで、多く会議を経てきたに違いありません。ひょっとしたら反対する人も結構いて、それを押しのけて採用に至ったのかもしれない。そこまでして実現させた鳴き声に対し、ユーザーの意見は良いものばかりではなかったかもしれない。

 そんな中において、佐川さんのこの反応は、WAONに鳴き声を採用した人や、声を作った人が知ったらきっと喜ぶと思って、もし彼らに届くならと思って書いたんです。でも、書いてるうちに思ったんです。WAONの鳴き声が好きすぎにも程がないかと。製作者側もひいてしまうんじゃなかろうかと。

 書いても必ずご本人に届くわけでもなし。そんな言い訳を胸に載せてみました。

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