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君がいないと何もできない

 小学校6年生の頃、ミドルネームを持つ女の子が転校してきました。お父さんがブラジル人でお母さんが日本人、いわゆる日系ブラジル人です。

 女の子は割と簡単にみんなと打ち解けていたと記憶しております。女の子は家庭の都合で定期的に日本とブラジルを往復する生活をしていたようで、それゆえに引っ越しが多い。当然、転校も増える。新しい環境に適応する能力が自然とついていたのかもしれません。

 ある日の昼休み、その子と私を含めた男女数人で話をしていると、女の子はおもむろに手紙と写真を出してきました。写真の男の子からもらった手紙のようで、文面は全てポルトガル語です。ブラジルで仲良くなった男の子なんだそうです。

 当然、私たちの興味は手紙の内容に注がれていました。「これ何て書いてあるの?」。女の子は特に恥ずかしそうな様子も見せず、淡々と要約してくれました。「君がいないと何もできない」。思わず私たちは「ヒューヒュー」とはやし立ててしまいまして、さすがの女の子もちょっと恥ずかしくなったのか、微笑みながら手紙をしまいました。

 それから数か月して女の子はまた隣町の小学校に引っ越してしまいました。もうかなり昔の話になってしまいましたが、今でもたまに思い出します。そして、思い出すたびに考えます。

 写真の男の子も私と同じくらいの年齢だったでしょう。つまり、当時10歳とかそこらだったはずです。そんな子がガールフレンドに「君がいないと何もできない」と書く。すげえぜラテン系、という畏敬の念を禁じ得ません。あれから多少はいろんな恋愛を見聞きしてきましたけど、そんな情熱的な文面でアタックした人と出会ったことがありません。歯の浮くセリフをいくら言っても歯が浮かない、強靭な歯茎を持った人類でないと難しいでしょう。少なくとも、日本で生まれ育った人の歯茎ではなかなか厳しいものがある。

 日本とブラジルは地理的にとても距離がございます。でも、「君がいないと何もできない」を思い返すたび、「とてもじゃないけど自分そんなになれないっすよ」と思ってしまい、私とブラジルの心の距離はますます遠のいていくような気がします。人類の多様性を痛感しているとも言えます。文化って本当にいろいろですね。

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