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「流浪の民」の逆襲 ベテランピン芸人が挑む大型賞レース

1.あるベテランピン芸人の叫び

 その昔、何となくお笑い系のサイトを見て回っていたら、こんな記事を見つけました。

「コンビを組んでる芸人が、1人でR-1に出るな」
「ピン芸人のための大会で、出場者の枠が決まってるわけだから、コンビで売れてる人が、その片方だけが出てこないでくれ」

 ベテランピン芸人メカイノウエさんの心の叫びです。ネタにはしていますけれども、少なくとも何割かは本気なんでしょう。だからウケたのだと思います。「やっぱりピン芸人は気にしていたんだ」という印象が強く残りました。

 ちなみに、メカイノウエさんのYouTubeチャンネルでは、R-1に芸歴制限がかかったことも扱ったバージョンのネタがアップされていました。

 確かに、R-1グランプリはコンビの片方が出てくる場面が珍しくありません。そして、それが当然のものとして大会が進められてきました。では、一体どれくらいの割合で出ているのでしょうか。

2.R-1決勝に非ピン芸人はどれくらい出ているのか

 では、早速ですが、R-1の決勝に出場した芸人のうち、コンビやグループに所属している芸人――ここでは便宜上「非ピン芸人」とします――をピックアップし、一覧にしてみました。芸名は基本的に現在の芸名に準じているほか、敬称略となっています。また、所属するコンビまたはグループの名前をカッコ書きで載せてあります。

2002年(第1回) 3/12 アキ(水玉れっぷう隊)、オール阪神(オール阪神・巨人)、浅越ゴエ(ザ・プラン9)
2004年(第2回) 2/8 浅越ゴエ(ザ・プラン9)、ヤナギブソン(ザ・プラン9)
2005年(第3回) 0/8 
2006年(第4回) 3/8 博多華丸(博多華丸・大吉)、浅越ゴエ(ザ・プラン9)、岸学(どきどきキャンプ)
2007年(第5回) 2/8 なだぎ武(ザ・プラン9)*、徳井義実(チュートリアル)
2008年(第6回) 2/8 なだぎ武(ザ・プラン9)*、善し(COWCOW)
2009年(第7回) 3/10 善し(COWCOW)、鬼頭真也(夜ふかしの会)、岸学(どきどきキャンプ)
2010年(第8回) 3/9 なだぎ武(ザ・プラン9)*、川島明(麒麟)、善し(COWCOW)
2011年(第9回) 3/8 善し(COWCOW)、真栄田賢(スリムクラブ)、バッファロー吾郎A(バッファロー吾郎)
2012年(第10回) 6/12 多田健二(COWCOW)、徳井義実(チュートリアル)、くっきー!(野生爆弾)、稲田直樹(アインシュタイン)、大悟(千鳥)、ヤナギブソン(ザ・プラン9)
2013年(第11回) 4/12 岸学(どきどきキャンプ)、ヤナギブソン(ザ・プラン9)、岩橋良昌(プラス・マイナス)、黒木ジョージボンド(雷ジャクソン)
2014年(第12回) 2/12 RG(レイザーラモン)、おぐ(ロビンフット)
2015年(第13回) 3/12 善し(COWCOW)、馬場園梓(アジアン)*、石田彰(NON STYLE)
2016年(第14回) 1/12 恋さん(シャンプーハット)
2017年(第15回) 1/12 RG(レイザーラモン)
2018年(第16回) 4/12 おぐ(ロビンフット)、長田庄平(チョコレートプラネット)、せいや(霜降り明星)、粗品(霜降り明星)
2019年(第17回) 5/12 粗品(霜降り明星)、大須賀健剛(セルライトスパ)、松本りんす(だーりんず)、松尾俊(チョコレートプラネット)、前野悠介(クロスバー直撃)
2020年(第18回) 5/12 野田クリスタル(マヂカルラブリー)、南條庄助(すゑひろがりず)、森下直人(ななまがり)、ほしのディスコ(パーパー)、ワタリ119(キラキラ関係)*
2021年(第19回) 1/10 賀屋壮也(かが屋)
2022年(第20回) 1/8 渡部おにぎり(金の国)
*:出場当時

 いかがでしたでしょうか。1度だけ全員ピン芸人の大会があったものの、基本的には常にコンビまたはグループに所属している芸人が決勝に出場しています。重複を考慮しないで計算すると、全決勝進出者205名中ピン以外の芸人は54名で、これは全決勝進出者の26.3%となります。ちなみに、1大会で平均2.7人が非ピン芸人になっています。

3.R-1決勝に進出した非ピン芸人の芸歴はどれくらいか

 さて、非ピン芸人の一覧をザッと見ておりますと、非ピン芸人の多くはベテラン芸人か有名コンビ所属、またはその両方である場合が多いように見受けられます。そこで、非ピン芸人の芸歴を調べて一覧を作ってみました。

 ちなみに、芸歴調査は以前もしたことがあるんですが、カウント方法がビックリするくらい確立されておらず、養成所等の修行期間を入れるか否か、休止期間を入れるか否か、などで人によって若干のブレが見られます。個人的な体感として、1年の誤差はたまに、2年の誤差もごくまれにある印象ですので、そういうもんだと思ってご覧ください。

 また、一覧の見やすさを考慮して、コンビ名およびグループ名は省略してあります。敬称略もしてあります。

2002年(第1回) 3/12 アキ(10年目)、オール阪神(27年目)、浅越ゴエ(7年目)
2004年(第2回) 2/8 浅越ゴエ(8年目)、ヤナギブソン(7年目)
2005年(第3回) 0/8 
2006年(第4回) 3/8 博多華丸(16年目)、浅越ゴエ(10年目)、岸学(5年目)
2007年(第5回) 2/8 なだぎ武(18年目)、徳井義実(12年目)
2008年(第6回) 2/8 なだぎ武(19年目)、善し(15年目)
2009年(第7回) 3/10 善し(16年目)、鬼頭真也(8年目)、岸学(8年目)
2010年(第8回) 3/9 なだぎ武(21年目)、川島明(13年目)、善し(17年目)
2011年(第9回) 3/8 善し(18年目)、真栄田賢(13年目)、バッファロー吾郎A(22年目)
2012年(第10回) 6/12 多田健二(19年目)、徳井義実(17年目)、くっきー!(18年目)、稲田直樹(6年目)、大悟(14年目)、ヤナギブソン(15年目)
2013年(第11回) 4/12 岸学(12年目)、ヤナギブソン(16年目)、岩橋良昌(10年目)、黒木ジョージボンド(7年目)
2014年(第12回) 2/12 RG(17年目)、おぐ(17年目)
2015年(第13回) 3/12 善し(22年目)、馬場園梓(17年目)、石田彰(15年目)
2016年(第14回) 1/12 恋さん(22年目)
2017年(第15回) 1/12 RG(20年目)
2018年(第16回) 4/12 おぐ(21年目)、長田庄平(12年目)、せいや(5年目)、粗品(7年目)
2019年(第17回) 5/12 粗品(8年目)、大須賀健剛(10年目)、松本りんす(20年目)、松尾俊(13年目)、前野悠介(16年目)
2020年(第18回) 5/12 野田クリスタル(18年目)、南條庄助(14年目)、森下直人(14年目)、ほしのディスコ(10年目)、ワタリ119(4年目)
2021年(第19回) 1/10 賀屋壮也(6年目)
2022年(第20回) 1/8 渡部おにぎり(5年目)

 当然ですが、出場条件に芸歴10年以内という制限がかかった2021年以降は、グッと芸歴が若くなっています。では、具体的にはどれくらいでしょうか。簡単に計算してみました。

 次の一覧は全出場者の芸歴と非ピン芸人の芸歴、それぞれの平均値を出したものです。太字になっている非ピン芸人の芸歴平均値は全体平均を上回っている数値です。

2002年(第1回) 非ピン:14.7年(全体:9.9年)
2004年(第2回) 非ピン:7.5年(全体:6.6年)
2005年(第3回) 非ピンなし(全体:8.6年)
2006年(第4回) 非ピン:10.3年(全体:8.3年)
2007年(第5回) 非ピン:15年(全体:10.5年)
2008年(第6回) 非ピン:17年(全体:12.5年)
2009年(第7回) 非ピン:10.7年(全体:10.2年)
2010年(第8回) 非ピン:17年(全体:12.3年)
2011年(第9回) 非ピン:17.7年(全体:14.6年)
2012年(第10回) 非ピン:14.8年(全体:13.8年)
2013年(第11回) 非ピン:11.3年(全体:11.5年)
2014年(第12回) 非ピン:17年(全体:12.6年)
2015年(第13回) 非ピン:18年(全体:11.8年)
2016年(第14回) 非ピン:22年(全体:11.8年)
2017年(第15回) 非ピン:20年(全体:10.0年)
2018年(第16回) 非ピン:11.3年(全体:8.9年)
2019年(第17回) 非ピン:13.4年(全体:12.3年)
2020年(第18回) 非ピン:12年(全体:14.3年)
2021年(第19回) 非ピン:6年(全体:7.2年)
2022年(第20回) 非ピン:5年(全体:8.5年)

 R-1に芸歴制限ができるまでは、非ピン芸人の平均芸歴が全体を上回る傾向が強いという結果がでました。これはつまり、非ピン芸人にベテランが多くいるということでもありましょう。

 ちなみに、2020年以前の非ピン芸人の芸歴は平均14.0年、2021年以降を合わせても平均13.6年となっています。この数値から見ても、非ピン芸人にはベテランが多く出ていると考えられます。

4.R-1で優勝した非ピン芸人の芸歴はどうなのか

 当たり前の話ですが、R-1の決勝に出た人の中からその年の優勝者が決まります。では、その優勝者のうち非ピン芸人はどれくらいいて、その方の当時の芸歴はどれほどでしょうか。

 こちらはシンプルな一覧になりました。

第2回(2004年) 浅越ゴエ(8年目)
第4回(2006年) 博多華丸(16年目)
第5回(2007年) なだぎ武(18年目)
第6回(2008年) なだぎ武(19年目)
第10回(2012年) COWCOW 多田(19年目)
第17回(2019年) 霜降り明星 粗品(8年目)
第18回(2020年) マヂカルラブリー 野田クリスタル(18年目)

 非ピン芸人の優勝割合は7/20で、全優勝者中35%を占めるという結果が出ました。更に7人中5人が芸歴15年以上のベテランでございまして、全優勝者中25%を占めています。

5.ピン芸人は大型賞レースで不利に立たされているのか

 ここで断っておきたいのは、出場している芸人に問題はないという点です。あくまでルールに則って出場し、キチンとネタを作って勝ち上がり、結果を出しただけですので当然です。そもそもR-1グランプリの趣旨は「ピン芸」の日本一を決めることであって「ピン芸人」の日本一を決めるわけではありません。そのため、参加条件に「ピン芸人であること」という記述は設けてありません。

 そして、お笑い芸人は実力が重視されている世界です。必ずしもそうであるとは断定できませんが、基本的には面白い人が売れる傾向が極めて強い。特に賞レースのようなネタの良し悪しを競う大会ですと、次のような主張が必ず出てきます。「勝てるような面白いネタを作ればいいじゃないか」。

 もちろん、その主張は事実に間違いありませんが、あくまで「ルールがなるべく平等であること」という条件が達成されて初めて成り立つ主張ではあると思います。さて、R-1グランプリに非ピン芸人が次々に入ってくる状況は果たして平等だったのでしょうか。具体的には、ピン芸人と非ピン芸人は平等に挑戦権があったのでしょうか。

 これまで、非ピン芸人がR-1に入って来る場合を調べてきました。非ピン芸人は当然ながらコンビやグループでの活動もしており、M-1やキングオブコントなど他の大型賞レースと並行してR-1に出場している場合がよくあります。逆にピン芸人が他の大型賞レースに参加することも可能ではあります。M-1では伝統的に「ユニット」と呼ばれる即席コンビまたはグループの参加を認めていますし、キングオブコントも2021年からユニットの参加が可能になりました。

 ただし、コンビやグループに所属している人がR-1に出ようとする場合にはピン芸のネタがあれば参加にグッと近づくのに対し、逆にピン芸人がM-1やキングオブコントに出場するとなるとコンビネタの他にユニットを組む相方が必要になってきます。適切な相方を見つけ出して時に説得し、結成にこぎつける必要があるわけです。結成しても、担当マネージャーが互いに異なれば連絡の取り合いやスケジュール調整などで面倒な場合が出てくるかもしれませんし、互いに所属事務所が異なれば事態は一層ややこしくなります。そんな中、どうにか集まって稽古をする。そう考えると、ピン芸人がコンビ芸をするのは、その逆に比べて大変ということになります。

 しかも、2020年以前にはキングオブコントにユニットの参加が認められていませんでしたから、その分、ピン芸人は勝負できる場所が少なかったということになります。世の中は平等ではないとはいえ、これはちょっとピン芸人に厳しい状況です。R-1の設立はピン芸人の活躍の場を広げる目的もきっとあったと思うんです。そのために多くの方々が頑張ってきた。しかし、結果としてピン芸人が活躍できるチャンスは設立当初に思い描いていた大会主催者側の理想よりも少なくなってしまった可能性があるわけです。

6.R-1の芸歴制限はピン芸人への救済措置なのか

 R-1グランプリは2021年開催時、突如として「芸歴10年以内」という参加条件を掲げ、ベテランピン芸人を中心に動揺が広がりました。ベテランピン芸人のためのイベントを用意するという一応の救済措置はありましたが、結果的に芸歴11年以上のピン芸人に目標を見失わせてしまいました。

 そもそもどうして「芸歴10年以内」という規定を設けたのか、私は存じ上げません。他の大会との差別化を図るため、若手を中心とした大会へと舵を切った可能性も考えられます。

 別の説も考えようと思えば考えられます。例えば、芸歴制限をかける前のR-1では、3年ほど非ピン芸人の出場が目立っていたんです。上記に載せた一覧の中から、該当箇所を改めて載せてみます。

2018年(第16回) 4/12 おぐ(21年目)、長田庄平(12年目)、せいや(5年目)、粗品(7年目)
2019年(第17回) 5/12 粗品(8年目)、大須賀健剛(10年目)、松本りんす(20年目)、松尾俊(13年目)、前野悠介(16年目)
2020年(第18回) 5/12 野田クリスタル(18年目)、南條庄助(14年目)、森下直人(14年目)、ほしのディスコ(10年目)、ワタリ119(4年目)

 中でも芸歴10年以上のベテランが目立ちます。これは、ネタ数が多くなり、お笑いの活動にも慣れてきたため、ピン芸へ力を割く余裕が生まれてきたからなのではないかという推測ができます。若手だとコンビやグループの活動に慣れるのがどうしても優先されるため、ピン芸へ割くエネルギーがなかなかないという理屈です。

 実際、芸歴制限がかかったあとの大会では今のところ非ピン芸人の数がグッと減っています。

2021年(第19回) 1/10 賀屋壮也(6年目)
2022年(第20回) 1/8 渡部おにぎり(5年目)

 つまり、R-1の芸歴制限は、ピン芸人の活躍を増やしたいがための選択だった可能性も考えられるわけです。

7.R-1から弾き出されたピン芸人たちはどうしたのか

 とは言え、R-1の変化は芸歴11年以上のピン芸人にとっては大きな衝撃となりました。数少ないブレイクのチャンスが失われたととらえられかねず、特に何度も決勝に出た芸人の落胆は相当のものだったと推測されます。

 しかし、その決勝常連が同じ年に旋風を巻き起こします。ふたりのR-1決勝進出者が組んだベテランピン芸人ユニット「おいでやすこが」が2020年のM-1でユニット初の決勝進出を果たし、準優勝にまで上り詰めました。おいでやすこがの準優勝がどこまで影響したかは不明ながら、翌年のキングオブコントではユニットが解禁され、2022年のキングオブコントでは早くもピン芸人同士のユニット「最高の人間」が決勝進出を果たします。ちなみに「最高の人間」の吉住さんは芸歴9年目、岡野さんは芸歴14年目のようです。

 これはあくまで決勝進出者だけを見た話であり、予選まで詳細に調べたらもっと大きな地殻変動が起きている可能性があります。生憎とそこまでの調査はできていませんが、地殻変動を思わせる現象がチラホラ確認できています。

 例えば、藤井ペイジさんが運営しているYouTubeチャンネル「藤井ペイジチャンネル」にて、藤井さんはベテランピン芸人であり2007年にはR-1決勝進出経験のあるウメさんとこんなやりとりをしていました。発言を読みやすくするためにカッコ書きで補足をするなど細部を書き換えている他、発言者は敬称略となっていますのでご了承ください。

【参考動画】

【参考動画の4分50秒辺りから】
藤井ペイジ:今ウメちゃんはピン芸人としてどこ目がけてんの。R-1にも出れなくなったじゃない。
ウメ:そうなんですよー。目標がなくなったので。
藤井:まあ、THE Wは出れるし、あとユニットでも出てるんでしょ。
ウメ:そうです。キングオブコントはこの間、ギャバホイ27才さんと(出ました)。
藤井:それはどこまで行ったの?
ウメ:キングオブコントは準々決勝まで。
藤井:ギャバホイってさ、元「ジャリズム」の山下さんともやってなかった?
ウメ:あ、それはM-1ですね。
藤井:M-1はそれで受けてるんや。
(中略)
藤井:M-1は誰と出たの。
ウメ:それもギャバホイさん。
藤井:ギャバホイはダブルエントリーみたいなのをしてんだ。
ウメ:3個くらい出たはずです。
藤井:最近それやる人、多いよね。いろんなユニットで(出る人)。
ウメ:そうですね。いろんなユニットで出てる人は多いですね。
(中略)
藤井:そういうのはギャバホイのほうから「やろうよ」とか言ってくるの?
ウメ:そうでした。なんか1ケ月前くらいに言われて。
藤井:最近はやっぱりピン芸人界隈の動きが激しいよね。
ウメ:そうですね。(ベテランピン芸人にとって)R-1がなくなったのがやっぱりデカいなと思います。みんな何のためにネタを作ってるんだろうってよく言ってますもんね。
藤井:そういう時はエルシャラカーニを見なさいよ。とっくにM-1出れなくなったのに今でも月3本くらいネタ書いてんねんから。
ウメ:すごいですね。
藤井:でも、そういう感じでどっかに引っ掛からないと、しゃあないもんなあ。
ウメ:そうですね。まあ、ネタは作るしかないんで。

 私、以前にnoteでベテランピン芸人とベテランコンビが組んで結構なところまで予選を勝ち抜き始めているという記事を書きました。

 私が見つけられなかっただけで、ベテラン芸人のユニットは他にたくさんいるだろうなとは思っていましたが、その予想が当たっていたということでしょう。そして、その理由にはR-1の芸歴制限が影響していそうです。R-1に出場できなくなったベテランピン芸人が別の大規模賞レースに目標を切り替えていった。

 ユニットを解禁したキングオブコントの決断もうまく回っていますけれども、何よりM-1のコンビ歴を参加条件にしたのが結果的にうまい方向へ転がったと思います。芸歴ではなくコンビ歴を条件にすることで参加者層を若手中心にしつつも、まだ売れていないベテラン芸人にも新たにコンビやユニットを組むことで挑戦を継続できるわけですから。M-1が芸歴を出場可能条件に選んでいたら、きっと違った大会になっていたでしょう。

 ただし、M-1の運営側はそれを予測して参加条件を決めたのではないと思います。そもそも、コンビ歴を参加条件に持ってきたのは発起人である島田紳助さんが「10年で決勝に行けなかったら諦めた方がいい」という意味を込めたとされています。

 それが20年ほどの時間が流れ、芸人を取り巻く状況や彼らの価値観は変わってゆき、コンビ歴制限がたまたま当初の目的とは異なる影響をもたらすようになった。ただそれだけだと思います。

8.ベテランピン芸人たちはどうなっていくのか

 このような現象が起きているのはどうしてでしょうか。私の感覚では2010年頃から「若手芸人の高齢化」という問題がチラホラと聞かれるようになりました。軽く検索したら当時に見かけた記事がまだ残っていました。

 上記の記事を要約すると次のようになります。

・カンニング竹山さんの時代は30歳は芸人として売れる夢を諦める年齢だった
・でも、今は30歳を過ぎても芸人を続ける人が出てきた
・今後はもっと年齢を重ねても芸人をやり続ける人が出てくるのではないか

 現在のお笑い界を多少でも見ていれば、カンニング竹山さんの予想が現実のものになったと痛感します。その理由についてはいろんな方が様々な視点から述べているのを見かけます。私はお笑い芸人の取り巻く状況に詳しくありませんが、そんな私でも確実に言える単純かつ客観的な理由がひとつございます。それは「単純に芸人人口が増えたからだ」というものです。

 芸人人口が増えたのは事実でしょう。ここ数十年の間にお笑い芸人は地位が上がってすっかり憧れられる職業となり、大手事務所ではお笑い芸人の養成所を構えるのが当たり前となりました。養成所に入る人間は毎年数百人とも数千人とも言われています。更に、M-1グランプリをきっかけにアマチュアの芸人活動も盛んになり、学生時代から芸人活動をしてプロになる人も珍しくなくなった。当然、芸人の人数は膨れ上がってゆくでしょう。

 もちろん、途中で芸人を引退する人はいつの時代もいます。しかし、芸人人口が増えれば、30代40代になっても諦めずに芸人を続ける人が必然的に増えていきます。単純な話ですね。そして、人生のピークはいつ来るか誰にも分からない。結果として、30代40代、時に50代でブレイクする人が現れるようになるのも、珍しい話ではあってもあり得ない話ではありません。

 また、年齢を重ねれば一般的には他の職業に移るのが難しくなり、「どうせならこのまま頑張ろう」と考える人がいても不思議ではない。そんな腹の据わった人ならば、R-1に出られなくなった程度では諦めず、他の道に活路を見出すことでしょう。「他の道」なんて表現をしましたけれども、要はM-1とキングオブコントですね。

 現在、M-1とキングオブコントでは、これまで非ピン芸人が大挙してR-1へやってきたのと逆の現象が起きているようにも見受けられます。今まで大型賞レースで少々不利な状況に置かれていたピン芸人がR-1の芸歴制限をきっかけとして本格的に「流浪の民」となり、ユニットを組んでM-1やキングオブコントへ本格的に参加をするようになった。人によってはいくつものユニットを引っ提げての参戦です。ちょっといじわるな見方をすれば、ベテランピン芸人たちが非ピン芸人たちのフィールドへ逆襲をしているようにも思えます。

 近年ではM-1やキングオブコントのレベルが更に上がったと言われていますけれども、個人的にはベテランピン芸人のなだれ込みも影響していると思われます。そのうちの何人がブレイクのきっかけを掴むのかは分かりません。恐らくは非常に低い確率でしょう。ただし、芸人人口の多さは今後も大きく変わりそうにはありませんので、R-1の参加規程が再改定されるなどの大きなイベントがない限り、しばらくはこの傾向が続くと思われます。

 今回は以上になります。ここまで長い文章をお読みくださり、ありがとうございました。

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