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地中海に浮かぶネコの楽園は巨人を倒せるのか ~マルタ島フットボール見聞録~

「正気か?勝てるわけないだろ?」


2019年10月12日、マルタ島にあるタカーリナショナルスタジアムに向かうタクシーのなかに僕はいた。EURO2020の予選でマルタ代表はスウェーデンを迎え撃つのだ。

運転手に「試合はどうなると思う?」と聞かれたので、少しリップサービスの意味も込めて「マルタがきっと勝つよ!」と返してみた。しかし、喜ばれるどころか鼻で笑われてしまった。

たしかにマルタはFIFAランク182位で、対するスウェーデンは18位である。ただ、母国のチームに対する言葉にしてはあまりにも冷たいんじゃないか。


マルタ共和国

ヨーロッパにあるこの国をご存知だろうか。世界史を学んでいた人はマルタ会議とか、マルタ騎士団を連想するかもしれない。ただ、多くの人にとっては地中海に浮かぶこの小さな島は「名前は聞いたことある」程度だと思う。

マルタ共和国は人口たったの49万人。面積は東京23区の半分しかない小さな島国であるが、美しい海や巨石群、城塞都市で知られている。

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(首都バレッタ)


この国で最も愛されているスポーツはフットボール、つまりサッカーである。ただ、彼らが愛しているのは母国のフットボールではないことが多い。

これから短期の語学留学で地中海の小国マルタを訪れた僕が現地で見聞きして感じたフットボールへの情熱と冷たさを見聞録として綴りたいと思う。

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申し遅れましたが、はじめまして。
この度OWL magazineに寄稿させていただくことになりました、田中秀典と申します。国内では奈良クラブを、国外ではACミランとセリエBのベネヴェント・カルチョを応援しています。京都で大学生をしていました。春で卒業し、4月からは東京で社会人になります。

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フットボールの話に入る前になぜ僕が語学留学先にマルタを選ぶことになったのか。少しだけ話を。

マルタ共和国の公用語はマルタ語と英語、かなりの割合の国民がどちらも話せる。そしてイタリア語を解する人々が少し。

大学での単位もほとんど取り終えて、少し英語でコミュニケーションを取る力を身に付けておきたいと考え短期留学をすることに。

ビザが取りやすく、比較的費用も安い、夏場には美しい海も楽しめて、格安飛行機でヨーロッパ各地を観光できる。語学留学の目的地としては絶好だ。

もちろんそのような理由もあってマルタには世界各地から留学生が集う。

数週間の間に現地で知り合った留学生だけでも、
日本、韓国、カザフスタン、タジキスタン、トルコ、フランス、イタリア、スペイン、ドイツ、オーストリア、スイス、ウクライナ、チェコ、ロシア、コロンビア、ベネズエラ、ブラジルと多種多様。

それぞれの国民性や文化と触れ合いながら英語を学べる素晴らしい環境、それもマルタが留学先として選ばれる所以である。


フットボールの話に移る。

マルタの少しごちゃごちゃとした街中を歩いていると目につくのは建設中のビル、欧州主要リーグの試合を放送するバーやパブ、レストラン。それとたくさんのネコ。

そう、マルタにはネコが70万匹いるとも言われており、人口よりもにゃんこが多いというにゃんにゃんアイランドなのだ…!

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フットボールの話に…。

週末になると食事をしながら、あるいは仲間と飲みながらフットボール観戦に興じる島民たち。

ただ、彼らはマルタのトップリーグ、マルタ・プレミアリーグの試合を見ているのではない。ホストファミリーのおじいさんは若い頃からのユヴェントスファン、息子はインテルファン、語学学校のスタッフはマンチェスターユナイテッドを応援している。

街中でマルタ・プレミアリーグを放送している店は見当たらなかった。マルタにいるフットボールファンの多くは地元のフットボールよりヨーロッパのチームに熱狂しているのだ。

島民は自国のフットボールになど興味がないのかもしれない。それがマルタ共和国のフットボールに対して感じた第一印象だった。


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マルタ留学を始めて一週間ほどーー。

僕は英語を学びながらマルタ観光をしっかりと満喫していた。

英語学校では放課後や週末のアクティビティに参加することができる。観光地のガイド付きツアーから、シチリアへの日帰りツアー、パーティーやエクササイズなどがある。

せっかくなのでマルタの観光地をいくつか紹介しようと思う。

まずは、首都バレッタ。

城壁に囲まれた世界遺産の町、高台からの美しい景色と要塞都市としての遺構が各地に見られる。

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二つ目はサイレントシティとも呼ばれる、古都イムディーナ。
バレッタがつくられるまでは首都だった内陸の町。中世の迷路のような細い道は夜になると幻想的だ。

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最後はコミノ島。
真っ青で澄んだ海があまりにも美しい。夏には海水浴に来る観光客で溢れる。

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マルタでの生活に慣れてきた頃、現地で知り合った日本人とマルタ・プレミアリーグを観戦することになった。

対戦カードは首都の名を冠する昨年度王者
バレッタFC

そして隣町のライバル
フロリアーナFC

フロリアーナFCのホームゲームであるが、マルタには各チームに試合用のスタジアムがあるわけではない。数少ない公式戦を行えるスタジアムを共有しているため、ホームアウェイの概念が存在しないのだ。


ホストファミリーのアドバイスに従い街中からタクシーで向かう。かなり余裕を持って出発したのだが、渋滞の影響でタカーリ・ナショナルスタジアムに着いたのは試合開始5分前。

マルタは世界でも五本の指に入るほど人口密度の高い国、交通状況も最悪なのだ…。

渋滞だけでなく、空いているであろうと舐めていたチケット売り場には長蛇の列。しかも、バレッタFC側の席は満席、やむなくフロリアーナFCの応援席へ。

怒られてしまうかも知れないが、正直スタジアムはがらがらで少ないファンが固まって応援しているだけ。このような風景を想像していた。

良い意味で期待を裏切られ、少し遅れてスタジアムの中へ。


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予想していたのは席もまばらな牧歌的なフットボールの風景。しかし、観客席に一歩足を踏み入れる我々を出迎えたのは、

ダービーマッチの熱狂

良い意味で期待を裏切られた。どうやらマルタ人のフットボールに対する熱狂の矛先は国外だけではなく、地元のフットボールにも向けられているらしい。

これぞまさに「今、そこにあるフットボールを愛する」という風景である。

小国のフットボールリーグを観戦に来た物好きなアジア人に向けられる好奇の目線に耐えながら席につく。

おっちゃんたちがめっちゃ見てくる…。


ようやく落ち着いて試合に目を向けたのは前半7分、幸いスコアはまだ動いていない。ようやく落ち着いてスタジアムを見渡す。

目の前のフットボールに夢中になる両チームのサポーターたち

良いプレーには歓声を

悪いプレーにはため息と少しのヤジを

優雅なオーケストラのように響く楽器隊の演奏とともにスタジアムに響くチャント

そして緩衝地帯を挟んで飛び交うイタリア語や英語のスラング、罵声

ディフェンスラインで繋ごうとしても上手くいかずすぐにロングボールに頼る、決してレベルが高いとは言えない。しかし、両チームのサポーターは一つ一つのプレーに一喜一憂し目の前のフットボールに夢中になっていた。

そして我々日本人もいつの間にか周囲のマルタ人たちと同じようにフロリアーナFCを応援していた。

スタジアムでは国籍も人種も言語も関係ない

"共通言語フットボール"

それだけが我々を熱狂のなかに包み込んでいた。
両チーム良いところを見せながらも、先制点には繋がらずいつの間にか前半終了。ダービーらしい拮抗した熱い戦いになっていた。

いまさらになるが、マルタ共和国がイギリスから独立したのは1964年、まだ50年少しの若い国である。しかし、フロリアーナFCのエンブレムを見ると、

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1894と書いてある。隣国イタリアのACミランやユベントスよりも古いクラブというのだから驚きだ。イギリスの保護を受けていたこともあり、マルタフットボールの歴史は思ったより長いのである。そんなマルタの中でフロリアーナFCは二番目に古いクラブであり隣のバレッタFCと同じくマルタ・プレミアリーグ2位タイの優勝25回を誇っている。(1位はもう一つのライバル、スリマ・ワンダラーズFCの26回)


試合が動いたのは後半開始早々。フロリアーナFCがパスワークからペナルティエリアに侵入し、それをバレッタFCのディフェンダーが倒してしまった。


判定はPKだ。

ついにスコアレスの試合が動くか。
ボールがペナルティスポットにセットされ、スタジアムを静寂が包む。



時間が引き伸ばされたように錯覚する数秒のあと、割れるような歓声が響いた。

後半2分フロリアーナFC先制

フロリアーナFC 1ー0 バレッタFC

試合前はチーム名すら知らなかった我々日本人もフロリアーナFCの得点に歓声と拍手を送る。しっかりフロリアーナサポーターになっていた。


この得点からさらに試合は激しくなる。後半だけで6枚のイエローカードを出し、チャントも迫力を増す。バレッタFCの猛攻を受けるもフロリアーナFCは城壁を固めつつ、カウンターを狙う。

両者得点がないまま時間だけが過ぎていく。時計は90分を回った。ちらほらと客が帰り始め、アディショナルタイム4分が提示された。

アディショナルタイムも3分が過ぎ、審判は時計を見る。最後の最後でバレッタFCはなんとかコーナーキックを獲得、これが激闘を締めるラストプレー。

両ゴールキーパーを含めた21人がゴール前に密集する。このままフロリアーナFCが勝ち点3を得るか、それとも土壇場でバレッタFCが追いつくか。


運命のコーナーキック、ボールが放り込まれた。

ゴールキーパーがボールを取り損ねるところまでは見えた。そこからは密集する選手の中、ボールを見失った。





気がつくとボールはゴールネットに吸い込まれていた。


ゴールキーパーがキャッチし損ねたボールを混戦のなかバレッタFCの選手のもとへ。放たれたシューとは最後の最後に城壁を破壊した。

何が起こったのか理解するのに数秒、緩衝帯の向こうのバレッタFCサポーターが湧き上がる。

同時に試合終了のホイッスル

フロリアーナFC 1-1 バレッタFC

後半2分 フロリアーナFC Kristian Keqi
後半45+4分 バレッタFC Enmy Peña

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我々は周りのフロリアーナFCサポーターと同じように肩を落とした。94分までは勝っていたチームが最後の最後で勝ち点を2つ落としたのだ。

フットボールでは時おり想像を超えるような奇跡が起こる。それは多くの場合、相手にとって悲劇でもあるが。


日本からマルタの国内リーグを見に来た物好きたちは、フロリアーナFCというチームの応援席にたどり着き、そのチームのサポーターになった。

しかし、このゲームの主役は相手チームだった。

まわりのサポーターたちと歓喜を共有することは叶わなかったものの、目の前で繰り広げられた激闘に酔ったままスタジアムを後にした。

 

フットボールはやっぱり面白い。

それはまるで90分間の映画のようだ。

我々が見た映画はフットボールの歴史を変えるわけでもなく、世界中が注目する一戦でもない。しかし、間違いなくスタジアムに居合わせた人々の心に残り続ける。そんな劇的な90分間だった。


その後、引き分けを挟んで5連勝したフロリアーナFCは勝ち点を積み重ね、20試合を終えて12勝6分3敗でリーグトップに立っている。対するバレッタFCは勝ち点3差で2位につけている。このままいくとフロリアーナFCは1992-93シーズン以来のリーグ優勝となる。


日本から10000キロ離れた小国でフットボール依存症を悪化させた僕は10月12日にあるEURO予選、スウェーデンを迎える代表戦に照準を合わせた。

それから数週間、僕は英語を楽しく学びながら週末を利用してシチリアへの小旅行に出掛けたり、ネコと戯れたりしながら日々を過ごした。

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(バレッタの路地、車の上にいたにゃんこ)



この島にいるといかにフットボールが愛されているかをひしひしと感じる。町田市より少しだけ人口が多いこの国にはなんと4部リーグまであり、50を越えるチームがひしめいている。

また、少し離れたマルタ第2の島であるゴゾ島には別でゴゾ島リーグというものが存在しているという。

予想をまた越えてきた。とてもFIFAランク182位とは思えないフットボール熱である、これは代表戦もかなり盛り上がるのだろう。そんな期待を膨らませながら試合の日を待った。


そして10月12日、スウェーデン戦

この試合を前に街中でスウェーデンの黄色のユニフォームを着たサポーターとすれ違うようになった。

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スペイン、スウェーデン、ルーマニア、ノルウェー、マルタ、フェロー諸島の6カ国でグループFを戦う両国の立場には大きな差があった。スペインが頭ひとつ抜け、もう一つのEURO本戦出場権をルーマニアと争うスウェーデン。

1勝5敗と本戦出場の可能性は早々と消え、フェロー諸島と最下位を争うマルタ。

勝ち点3を確実に持ち帰りたいスウェーデンと番狂わせを起こしたいマルタの戦いである。

それでも我々はマルタが起こす奇跡を見るためにたった11ユーロのレプリカユニフォームを買ってスタジアムに足を運んだ。

たとえタクシーの運転手に笑われようとも、語学学校の教師に"Are you serious??"と言われようとも。

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本当にホームゲーム?


スタジアムに着いてすぐ、そんな言葉がこぼれた。

辺りを見渡すとマルタの赤いユニフォームよりも黄色が目立ち、我が物顔で歩くスウェーデン人たち。

ホームの利すらマルタにはないのかもしれない…。


スタジアムの中に入る


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よかった、ちゃんとゴール裏にはまあまあいた。少し安心しつつ反対側を見ると、


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ゴール裏を覆い尽くす黄色

この中で奇跡が起きるのか。さっそく半信半疑になりながらもマルタを応援する。

マルタは4-4-2、スタメンにイングランド4部とポルトガル3部で戦う選手がいる以外は全員国内組。

対するスウェーデンも4-4-2、王様ズラタン・イブラヒモビッチは引退したものの、RBライプツィヒの司令塔フォルスベリやローマのGKオルセンなど欧州五大リーグを戦う選手が名を連ねる。

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試合開始すぐスカンジナビアの巨人、スウェーデンが違いを見せる。中盤のフォルスベリが躍動し、強固なディフェンスラインはマルタにシュートを許さない。

なんとか一点を決めるか0-0で前半を終えたいと思っていた矢先、スウェーデンがコーナーキックからあっけなく先制

マルタ 0-1 スウェーデン
11分 ダニエルソン

怪我で欠場したマンチェスターユナイテッドのCBリンデレフの代役ダニエルソンが早速仕事をする。

盛り上がるスウェーデンサポーター

やっぱり無理か、というため息をつくマルタサポーター

奇跡はそう簡単には起こらないのか、そう思ってしまう。



しかしその後マルタ代表が意地を見せる。ゴールキーパーのファインセーブや体を張ったディフェンスで追加点を許さず、前半終盤をむかえる。

焦れたスウェーデンの隙をついたマルタはカウンターからチャンスをむかえ、コーナーキックを獲得する。

今日一の歓声がスタジアムを包む中、ショートコーナーを選んだマルタ、グラウンダーのクロスをあげる。

先にさわったのはスウェーデンディフェンスではなく、赤いユニフォーム、マルタの選手がニアでクロスに合わせた…!

我々を笑ったタクシー運転手や講師たちの驚く顔が脳裏によぎった…!

ほらみろ!ネコだって時に巨人を倒せるんだぞ!





待望の同点ゴールかと思ったビッグチャンスはヌッと現れた黄色い壁に阻まれた。スカンジナビアブロックと誰かが言ったディフェンスは伊達ではない。

前半終了間際、絶好のチャンスを逃したマルタ代表は結局一点ビハインドで前半を終えることになった。

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マルタはW杯欧州予選やEURO予選において、サンマリノやリヒテンシュタイン、フェロー諸島と同じように強豪ひしめくヨーロッパの地で負けを重ね続けてきた。マルタ代表が最後に勝利したのは、2019年3月のフェロー諸島戦。その前となると2013年11月フェロー諸島戦、6月アルメニア戦まで遡る。

実は日本代表とも2006年に親善試合をしたことがあり、この時は日本が1-0で勝利している。ちょうどドイツW杯直前のことである。



マルタは同点での折り返しとはならなかったものの、一方的な前半ではなくマルタも終盤良いところを見せた。

マルタサポーターからもまだ諦めの色は見えない。後半しっかり守って要所で点を取れば勝ち点1はあるかもしれないと期待しつつ後半開始の笛。

後半開始後、マルタは前半終了間際の躍動感を出すことは出来ず、スウェーデンの中盤がむしろ躍動していた。

最初はなんとか要所を守り、失点は防いでいたが…。

後半18分、ペナルティエリア内でスウェーデンの選手が倒されPKを与える。


マルタ 0-2 スウェーデン
後半18分 ラーション(PK)

さらに、スウェーデンがペナルティエリア深くまで入りこんで上げたクロスをマルタDFがオウンゴール。

マルタ 0-3 スウェーデン
後半21分 アジュス(OG)

マルタはフォーメーションを3-4-3に変えてなんとか一矢を報いようと試みるも、直後再度ペナルティエリア内で相手を倒しPKを与える。

マルタ 0-4 スウェーデン
後半26分 ラーション(PK)


奇跡の芽は完全に摘み取られた。

勝敗の面白味が無くなった試合、勝者はさらなる点差を望み、敗者はなんとか一矢を報いんとする。

マルタサポーターは勝利を諦めてはいるが、ゴール裏の盛り上がりは変わらなかった。

なぜかオランダ代表のユニフォームを着た集団も混じってお祭り騒ぎだ。

我々もマルタのユニフォームを纏い、奇跡を求めて歓声を送ったサポーターである。ここで目をそらすわけにはいかない。最後のワンプレーまで夢の終わりを見届ける義務がある。

今、目の前にあるフットボールを楽しみ、歌い、踊る。

フットボールの最も美しい部分は世界中のどこへいっても変わらない。


その後、マルタはなんとか失点を許さなかったが得点も奪えないまま試合を終えた。

マルタ 0-4 スウェーデン

11分 ダニエルソン
63分、71分 ラーション
66分 オウンゴール(アジュス)



祭りは終わってしまった。

奇跡は起こらず結果は順当。奇跡は滅多に起こらないからこそ奇跡と呼ばれ得るのだ。結果としてマルタにとってスコアは大敗と呼べるものである。

それでも試合を見ていた人は一方的な試合だとは言わないだろう。マルタは善戦した。しかし、それでも一点も奪えなかった。

試合後のスタジアム周辺では、試合前と同じように黄色い巨人たちが我が物顔で帰路につき、夜の中心街も彼らに支配されていた。

マルタはスウェーデン戦に続いてフェロー諸島に0-1、スペインに0-7、ノルウェーに1-2で敗れ、グループ最下位でEURO2020予選を終えた。
1勝9敗勝ち点3

一方スウェーデンはその後ホームでスペインに1-1で引き分け、アウェイでルーマニアに2-0で勝利し最終節を残して2位を確定させ、本戦出場。最終節はフェロー諸島をホームに迎え、サブメンバーで3-0快勝。
6勝3敗1分勝ち点21


地中海の海運の要所であるマルタは歴史上幾度となく侵略を受け、その度に異なる国の支配下になってきた。島民たちは大国の戦争に巻き込まれ、そのたびに犠牲を払ってきた。試合後に感じた哀愁はそんな歴史が背景にあったのかもしれない。

そんなマルタもかつて地中海を支配したオスマン帝国に勝利を挙げたことがある。

「マルタ包囲戦」と呼ばれるこの戦いは、マルタの歴史の中でも最も重要な部分を占めており、諸説あるが約4万のオスマン帝国艦隊に対しマルタは1000人足らずの騎士団と約8000人の民兵のみで対抗し、予想に反して援軍の到着まで耐え続けた。

フットボールになぞらえるならこれはマルタ史上最大のジャイアントキリングと言えるだろう。


滞在中にフットボールにおけるマルタの大番狂わせに立ち会うことはできなかったが、いつか要塞のような堅い守備と鋭い一撃で強国に対して白星を挙げる時が来ると信じている。また、マルタにはそれを成し遂げるだけのフットボール文化が根付いている。



このままだと感想文で終わってしまいそうなので、なぜこれほどまでにフットボール人気の高いマルタが国際大会の舞台で結果を残せないのかを少し考える。

まず理由として思い付くのは、人口の少なさ、国土の狭さである。

もちろんこれは理由のひとつだが、人口や面積は必ずしも必要条件ではない。


2016年EUROでベスト8、2018年ロシアW杯で初出場を果たしたアイスランドが起こした旋風は記憶に新しいが、アイスランドの人口はマルタよりもさらに少ない35万人である。

それではアイスランドとマルタの差はどこから生まれてくるのか。

それは設備、制度面であろう。

アイスランドでは国や自治体が主体となってスタジアムや競技施設に投資が行われた。そして、初心者を指導するには指導者ライセンスの所持が義務付けられるなど、制度面も充実している。

一方、マルタではスタジアム不足が課題になっており一日に同じスタジアムで数試合が行われる。また給料の未払いも日常茶飯事だという。フットボールを行う環境に大きな違いがあるのだ。

マルタの住民の声を聞く限りでは、政府はスポーツよりも大きいホテルを建てて国の強みである観光業をさらに伸ばすことに集中しており、かなりの汚職もあるようだ。不正を暴こうとしたジャーナリストが爆殺されたりと、かなりキナ臭い話も何度か耳にした。

この旅で僕はマルタフットボールの希望と停滞の両方を感じた。マルタには第二のアイスランドになりうるだけのフットボール文化がある。しかし、花開くための環境がないのだ。

スタジアムで見た熱狂とタクシー運転手の嘲笑。この二つこそが今のマルタフットボールを象徴するものであると今振り替えって気づく。

国や自治体の後押しがないままでは、マルタフットボールの成長は牛歩の速度のままであろう。

ネコのように一気にジャンプできるような環境が整うことを願うばかりだ。


ついに帰国の日になりクラスメイトやホストファミリーと別れを告げ、僕はルア・マルタ国際空港にいた。搭乗時刻を座って待っていると誰かが空港のピアノで「ねこふんじゃった」を弾き始めた。

今回の観戦では、この曲のネコのようにマルタは巨人に「ふんづけられちゃった」と言える。

しかし、イギリスでは”chopsticks”(箸)と呼ばれるらしいこの曲、日本語歌詞は正式にはこのように始まる。

ねこふんじゃった ねこふんじゃった

ねこふんづけちゃったらひっかいた

ねこひっかいた ねこひっかいた

ねこびっくりしたひっかいた

そう、ネコは踏まれて黙ってなどいないんだ!

ネコには鋭い爪がある。いつまでも踏まれ続けるだけではない。マルタも巨人たちをやっつける力を秘めている。

マルタが大国を倒す日を10000㎞離れた東の島国から待ち続けている変わり者のネコ好きがいる。

これはそんなネコ好きが綴ったフットボールとネコの見聞録である。


ねこグッバイバイ ねこグッバイバイ

ねこあしたのあさ おりといで


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