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「イノベーションの研究」から見える持続可能な「組織&都市経営」のヒント

今や政府も注目するイノベーション。よく目にする機会が増えてきました。
有価証券報告書で「イノベーション」という言葉を使う企業は、2007〜2008年で262社。
2017〜2018年で1,130社と、約4倍だそうです。

イノベーションの研究は進んでいて、色んなことが分かってます。今年参加したビジネスイノベーションスクールで学んだこと、各方面で取材した事例も含め、イノベーションが都市経営や日常生活の参考になるポイントを紹介します。

1.イノベーションの性質

まず「シュンペーター賞」を受賞された清水先生の著書にある「イノベーション」の性質とは

新しい経済的な価値を生み出すモノゴト
破壊する側面もあり、そこで格差が生まれる
短期的に破壊傾向が強く、長期的に恩恵を生む
官僚的組織でイノベーションを狙うと失敗する
トレードオフ関係にあるイノベーションが存在

書籍より、個人的に注目したい点を抜粋

ここで破壊とは、産業革命の後に自動車が馬車に取って代わったような業界破壊を意味します。

そして、短期的に特定の職業がネガティブな影響を受けて格差を生むので、恩恵より先に抵抗が起きるのもイノベーション。

何より、意図して起こせないので、官僚的な組織がイノベーションを起こそうとすると「なんちゃって」になりがち。これは後述します。

イノベーションとは目指すものというよりも、あくまでも課題解決の結果です。イノベーションを起こすことが目標になるということ自体、本末転倒ぎみです。
〜中略〜
見せかけだけの無意味な「イノベーションっぽく見えるもの」が次々と生み出され、その企業の生産性はかえって低下することになるでしょう。イノベーションを組織の中に飼いならそうとすることの最も悪い結末です。

書籍より抜粋

そして次の2つのイノベーションには、トレードオフが存在していることが分かっています。

新しい製品やサービスを生み出す「プロダクト・イノベーション」と、生産工程を新しくする「プロセス・イノベーション」の二つに分けて、その間に重要なトレードオフが存在していたことを突き止めたのです。つまり、一方を追求していけばいくほど、他方が犠牲になるというのです。

書籍より抜粋

商品・サービスは「改良が不可欠」なので、生産性を高めるプロセス・イノベーションは重要です。しかし効率化して生産性を高めるほど、「新規性のあるイノベーション」は減っていくと。

ヒット商品の改良だけに注力すると、新しいものが生み出せず、企業全体の競争力が失われていく。ということが歴史からも分かっています。

さらに日本企業は「老化が早い」ことが分かってきていて、アメリカ企業と比較して早い段階で稼ぐ力が落ちていくそうです。
その原因の一つに、人材や資金など「経営資源の流動性が低い」ことが本書で挙げられています(転職や新規事業への投資など)。

経済成長を経て「失われた20年」と言われるのは

少し飛躍があるかもですが
→巨大化した企業と終身雇用を守る組織づくり
→プロセス・イノベーションが主流に
→チャレンジが減り、稼ぐ力が落ちる(流動性↓)
→若年層の非正規雇用など増えて所得が下がる

良かれと思って雇用を守った結果、チャレンジが減り、世代間のバトンタッチが進まなくなって、少しずつ成長に影を落としたのかもしれません。

ですが日本が悪くて、アメリカが良いみたいな単純な話ではありません。両国の比較や、社会制度の歴史、今後の方向性など、詳しくは書籍を!

2-1.両利きの経営手法

では組織経営として、これから何が重要なのか

ご存知の方は多いかもですが、こちらの本では、前述のプロダクト&プロセスイノベーションが「探索と深化」で表現されています。

多くの企業を分析した本書では、探索と深化を高い次元で共存させた「両利きの組織」が生き残る経営だとされています。

今回は探索にフォーカスを当てて、「両利き」が何たるかを分解してみると

①人間の認知限界(バイアス)を超えること

世界は多様であるけれど、ヒトが認知できるのは一定の範囲。そのためヒトは認知した範囲だけで世界が構成されていると考える傾向があります。
VUCAの時代、認知の範囲を超えて新しい知見に触れないと、イノベーションは起きません。

②探索と深化を認識することが大切

定義は以下のとおり。さっきの話と同じく、両者はトレードオフがありそうです。

【探索】→探す、見つける、生み出す
自身・自社の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうという行為。新しいアイデアに繋がるが、不確実でコストもかかる。

【深化】→見極める、効率化、改良
探索などを通じて試した中から、成功しそうなものを見極めて、深掘りし、磨き込んでいく活動。高品質化したり安定した収益化に繋がる。

探索と深化の定義を要約

③深化の先にある罠

事業が成熟すると利益や組織が安定します。
すると「深化」は過剰投資に、「探索」は過少投資になる傾向があります。そして、成功すればするほど自分たちは正しいと、認知している世界に疑問を持たなくなるといいます。

これを「サクセストラップ」といいます。
成功しているはずと「深化」だけに特化してしまい、時代やニーズの変化に対応できず、衰退した企業は、アメリカも日本も共通して存在します。

厄介なのは、深化でつくられた組織や調整機能のままで「探索」しようとすると、むしろ組織に害が及ぶということ。
ここが「なんちゃってイノベーションの原因」と言えそうです。

④両利きに必要な「異なる調整」

多様化する環境に合わせて自らを変えていける組織こそ生き残る確率が高いことは、進化生物学でも言われています。(VSRプロセス)

そこで相反する「探索」と「深化」が共存する組織にするには「異なる調整」が必要ということがポイントになります。ただ、これが難しい。

探索と深化をどちらも同時に実現するためには、それぞれをサブユニットに分けるだけでなく、異なるビジネスモデル、組織能力、システム、プロセス、インセンティブ、文化も必要である。要するに、異なる調整が求められるのだ。


2-2.探索のリーダーシップと多様性

その「異なる調整」には、探索と深化で全く違ったリーダーシップや体制が必要です。
探索部門でマネジメントを間違うと、むしろ組織の息の根を止めることにもなり得ます。
ではどんなリーダーシップや体制が必要なのか。

①両利きのリーダーシップにある要素

両利きが成功している組織にある共通項は、

①探索(新規事業など)に必要なヒトや組織の資産、組織能力を突き止めていること。
②探索と深化、その両方とも重要であることが示された戦略やビジョンが共有されていること。
③探索部門に経営陣が関わり、出た芽を摘もうとする人たちから守っている
④探索部門が、深化部門と距離を取りつつも、蓄積された組織の資産や能力を活用できている。
⑤探索部門の撤退ラインを設定できている。

両利きの経営から簡略化して抜粋

さらに、本書の具体的な事例を見ていると「深化(成熟部門など)」にはマニュアルや工程改善、KPIといった、いわゆるカッチリしたマネジメントが必要な一方で、「探索(新規部門)」には柔軟でミスを恐れない、スピード感のあるリーダーシップが求められるようです。

成功の共通項が前提にあって、探索と深化に合わせて、マネジメントのやり方を変えたり、組み合わせたりできることが両利きといわれる所以なんですね。

②探索の成功確率をあげる多様性

ここでイノベーションを起こす多様性について補足します。↓はリーフレミング氏による17,000件もの特許を分析してブレイクスルーを示した図

右にいくほど多様性のあるメンバー構成で、上にいくほど価値が高くなるというもの。

https://www.dhbr.net/articles/-/2039?page=3抜粋

面白いのは、多様性のない集団(同じ分野の専門家で集まるなど)は平均的な結果しか出ず(左の真ん中)、多様性のあるメンバーでは稀にブレイクスルーが起きていること。(右上)

どちらが良いとかでなく、同じ分野の専門家集団は、安定した結果が出せるので、モノゴトの「改善」に向いてます。そして、ブレイクスルーを起こすには、多様性のあるメンバーであることが重要なのが、この研究から分かります。
ちなみに注意すべきなのは、単純に多様性をつくってもイノベーションが起きないこと。


3.大切なのは人材とデザイン

新しいこと始めるから、ひとまず色んな人に集まってもらいました!というパターンではイノベーションの確率はどうも低くなるようです。

ブレイクスルーを起こせる多様性には、超えたい認知(バイアス)の方向性や人選のデザインが重要なのです。
このアプローチを社会実装されている事例としては、慶應義塾大学のSDMで白坂先生のシステム×デザイン思考がすごくお勧めです!

他の具体例ではオガールプロジェクトのデザイン会議は、大きなビジョンや必要な専門領域を設定したうえで、多様なメンバーを揃えてます。

さらに、人それぞれに得手不得手があるように、イノベーションを起こしやすいプレイヤーと、そのマネジメントに向いてるマネージャーにも特徴があります。

こちらでは、企業のなかで次々ブレイクスルーを起こしたイノベーター、そしてそのマネージャーに見られる特徴が分析されています。

イノベーターには、本質を見る力や、モチベーションの高さ、組織内の政治力などが挙げられ、
マネージャーには、そのイノベーターの行動を理解したフレキシブルな管理などが必要とされています。まさに人選も大きなポイントなのです。

例えば探索のマネージャーからすると、短期的に成果の出づらい不確実な部門で、他とは違う動きをするプレイヤー達をマネジメントしないといけないわけですね。そこで両利きの経営を知って実践できるか否かで組織の未来も変わりそうです。

ということで

ここまでイノベーションの性質、両利きの経営、そこに適した人材を挙げてきました。
次にそれを実践している事例を紹介できればと!


4.両利きを進めている事例とは

ありがたいことに昨年度はTURNSさんの企画で、素晴らしい方々を取材させていただく機会があり、まさに両利き!と感じた事例を紹介します。

①ANAホールディングスさん

新規事業を考える部門を、既存の組織と切り離し、マネジメントやルールなどを一新した組織「デジタル・デザイン・ラボ」を創設。
ANA Pocketイノ旅など、次々と斬新なサービスを生み出されています。

②小田急電鉄さん

挑戦を目指して「未来フィールド」というビジョンを掲げ、新社長が社員と対話を繰り返し、トップのコミットのもとでチャレンジしやすい風土を作られています。
地域課題の解決とビジネスを組み合わせたハンターバンク小田急親子鉄道ゼミなど、新たな取組がとっても素敵でした。

③高松琴平電気鉄道さん

社員が提案しやすい風土を社長が自ら作り、アイデアが実現するように後押しする。そして、社員が成功体験を通して、やりがいや自信に繋げるというポジティブループな組織を実現されてます。
運転士が温泉に入るポスター独自色めちゃ強のスタンプラリーはセンスが秀逸です。

皆さんはお気づきかもしれませんが、ご紹介した企業はすべて公共交通の業界。
安全・安心、正確性が求められ、ミスが許されない、超保守的になってもおかしくない分野です。
そこでここまでの両利きの経営をされているのは、大変な努力や工夫があったと思います。
どんな分野であっても、覚悟ある組織は両利きを実現できるということではないでしょうか。


5.都市経営にも探索と深化を

TURNS 2022年4月号より

これまで経営の話でしたが、このイノベーションの性質や両利きの経営は、働く組織のほか、自分の生活や都市経営にも言えることだと感じます。

例えば先日取材をさせていただいた佐伯市のリノベーションまちづくり。
こちらは2人の公務員が、商店街にある空き家を買って、プライベートでリノベーションまちづくりを実践されています。

2人の熱量に、地域の方から、市役所の内部まで、共にまちを変えようと協力し、チャレンジを後押ししていました。そして
半径50mからのまちづくりは、エリアに波及し、衰退していた商店街は新規店舗が増え、活気が生まれていました。
都市経営の視点で見ると、まさに2人の熱量ある「探索」がまちにイノベーションを起こしているのではないでしょうか。※前述の両利きの共通項が見事に実践されてます。(他の参考記事

これは、自分の生活にも深化だけでなく、探索する余白をつくり、アップデートしていくことが重要であると教えてくれます。自分自身の成長や活動が、組織やまちにも波及するって素敵ですね。
個人的にGoogleの20%ルールが近いのかと。

都市経営の視点から見ても、まちを経営するポートフォリオに、目指す未来に合わせた探索と深化をいかに両立できるかで、10年先、50年先の姿が変わるだろうと感じます。

今回の事例は、TURNSさんで特集されてますので、ご興味ありましたら是非お読みください!

読んでくださって、ありがとうございました!

【参考】
※TURNS 2月号:ANA、小田急、ことでんの皆様
※TURNS 4月号:佐伯市の皆様


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