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「丸善」御茶の水店の無料小冊子が面白かった件

▼先日、「丸善」のお茶の水店に行ったら、入口のレイアウトが変わっていたのと、JR「御茶ノ水」駅の聖橋口(ひじりばしぐち)の位置が変わっていたのでびっくりした。

もう一つ、びっくりしたことがある。入口に置いてあった「最近読んだ本」という無料の小冊子だ。2020年5月号。8ページ立てで、おもに文芸書の感想や内容紹介がまとめてあるのだが、そのなかで、高野和明氏の傑作『ジェノサイド』が、見開き2ページを割(さ)いて取り上げられていた。

▼『ジェノサイド』は、日本のエンタテインメント小説では破格のスケールの大きさで、その面白さを列挙するとキリがないので控えるが、徹夜で読み終わった時、滅多に感じられない満足を覚え、よくぞ書ききってくれた、これが映画化されたらすごいなあ、と布団の中で感嘆したことを今も記憶している。

当時は無理だったろうが、今ならネットフリックスが連続ドラマとして映像化できるのではないだろうか。

▼さて、「最近読んだ本」に載っていた、『ジェノサイド』の書評について。

序盤から中盤にかけては、手際のよい、複雑なストーリーの絵解(えと)きになっている。

圧巻は、終盤だった。てっきり『ジェノサイド』の中身紹介のみで終わるのかと思いきや、簡潔明瞭な作家論に展開するのだ。

具体的には、ある登場人物の台詞から展開する。

〈曰く《無理だ、とは言わない人たちが、科学の歴史を作ってきたんだよ

 さぁこれだ! これこそが、高野和明の十八番だ!

 《未来が定まっていない以上、すべての絶望は勘違いである》とは、四人の自殺者が浮かばれない霊となって地上に舞い戻り、百人の自殺志願者救済を目指す『幽霊人命救助隊』。《弱気なこと言わないで。絶望なんてものが人の役に立ったことがあるの?》とは、六時間後の死を予言された主人公が、運命に対して懸命の抵抗をする『6時間後に君は死ぬ』。

 そうなのだ。高野和明とは、諦める事を拒み、自分の力で運命を変えてゆこうとする姿を描き続けてきた作家なのだ。その集大成ともいえるのが、この『ジェノサイド』。その壮大なスケールと人類愛に充ちた結末には、得も言われぬ幸福感で、陶然とするような読後感を味わえると保証したい。〉

▼まず、この評者が、取り上げた作家の小説群を読み込んでいることがわかるし、次に、その読みが他人に対する説得力を持っていることもわかる。

この終盤部分は、これより分量の多い序盤と中盤を書くよりも、何倍もの時間と労力がかかっている。読んだ読者が得をする文章だ。

この書評に感心して、小冊子の書誌情報を探したら、小冊子の作者は沢田史郎氏。おそらく有能な書店員なのだろう。

この小冊子は、資本主義の論理に回収されない別の論理でもって作られている。そのいっぽう、時系列でかなりたくさんの新刊本を取り上げているところに、商売人としてのセンスも感じる。

(2020年5月25日)

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