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おいとべに③


不定期連載小説です。

「本当にびっくりしちゃったわ、だっていきなりこんなに可愛い子が清ちゃんの部屋にいるんだもん。まさかとは思ったけど、姪っ子がいるなんて、おばちゃん知らなかったからど肝抜かれちゃた。もう、清ちゃん、いるならいるって先に教えてくれたらいいのに」
 初江がビール片手にいつもの天井が抜けるような高笑いと共にそんな事を言うと、隣にいる七海も一緒に肩を揺らして頷いた。清彦は罰の悪そうな顔をしながら、自分のしどろもどろの弁解と良彦自身からの説明で二人のあらぬ誤解が解けている事に安心していた。
納得いかないのはまるで当たり前のように肉を頬張っている良彦までもが同じ様に笑って聞いているからだろう。今は少し大きめのTシャツを着て、ホットパンツに素足を揺らしながらすっかりくつろいでいる。化粧を落としてはいるがウィッグをつけているせいか、見た目は少女だ。
「教えるも何もこいつが勝手に押しかけてきたんですよ。さっきも言いましたけど、本当についさっきいきなりなんですよ。それに姪っ子じゃなくて甥っ子ですから。間違っちゃいけない」
「そうは言ってもどっからどう見ても女の子じゃないのよ。ねえ、七海ちゃん?さっきも裸の女の子がいると思ったから、これから私達が来るって知っているのに、清ちゃんってありえないって思ったんですものねぇ」
「そうですよ。私も本当にびっくりしちゃって。でも、男の子なのに私より可愛いなんて羨ましい」
 七海の言葉に良彦がまんざらでもないように嬉しそうに微笑んでいるのを見て、清彦は若干剥きになった。
「誰がどう言おうとこいつは男ですよ」
 その言葉に良彦がむっとした表情でよこから睨みつけてきたが、清彦はかまわず続けた。
「それに、倉川さんの方がこいつよりずっと綺麗で可愛いですよ。全然比べ物にならないくらい」
 勢いでそんな言葉が出てきたが、それは七海の顔を赤くしたのと、他の女性陣(いや一人は男なのだが)を見つめ合わせ、したり顔にさせただけであった。
「叔父さん、それって告白なの?顔に似合わずあんがい責めるタイプなのね」
 良彦がまるで女の子のような声色で、というのも良彦の声は薬の作用か普通に男とはわからない声質であった、そう言って清彦の肩を軽く突いたので、清彦は顔を赤らめながらそれを軽く片手で払って声を荒げた。
「ば、馬鹿言うなって。そういう意味じゃなくてだな」
「あら、じゃあ綺麗だ、可愛いだって嘘って事。いやだわね、これだから小説家先生は。なんでもフィクションにしちゃうなんていやだわ。七海ちゃん、この人の言葉は今後信じない方がいいわよ」
「いや、初江さん、そう言う事じゃなくてですね、もう困らせないでくださいよ」
 清彦がまったくの劣勢の中で泣きそうな顔をしているのを見て、女性陣は気のあった笑い声を響かせた。七海もアルコール分の低いカクテルの缶を片手に自然な笑顔を出しているし、清彦の足元でじゃれ付いているアポロまで笑っているかのようだった。清彦は頭をかきながら、苦笑いをビールで流し込んだ。今日初めて顔を合わせたにしては妙に結束が固い女性陣(もちろん、ひとりは男なのだが)には抗うすべは無い。仲間であるアポロでさえあちら側に味方している様だ。
いや、そういえば、アポロもなかったっけ。
「でも、叔父さんにこんな仲良しがいるなんて思わなかったな。先生から話に聞いていたのと全然イメージ違う」
 良彦が清彦の選んだノンアルコールカクテルを飲み干して、新しい缶を取りに冷蔵庫に立ちあがり際にそう言ってきたので、清彦は不機嫌そうに「古川はなんて言ってたんだよ」と言って、自分の為のビールもついでに頼んだ。
「ネクラで自分の事をあまり喋らない孤独な男だって」
 その言葉に初江と七海が笑いながら頷き、興味深そうに二人を見ていた。まったく、親友の言う言葉か。
「あいつはいつも自分の事を勝手にべらべら喋って、勝手に気分良くなって帰るだけなんだよ。まったくいらない事俺の甥っこに喋りやがって」
「でも、私も始めての印象はそうでしたよ」
 七海が少し顔を赤らめながらそう言って来たので、清彦はびっくりしながら目を見開いて彼女と目を合わせた。
 七海はにこにこしながら可愛らしく肩をすくませた。
「だってあまり喋らないんですもの。診察しても目も合わせてくれないし」
「まあ、清ちゃん人見知りだからそう言う所あるよね」
「でも、アポロちゃんがいつも吉岡さんの言う事よく聞くから、この人は猫と会話できるんだなって。そう思ったらあんがい悪い人では無いかなって思って」
 七海が思い出すようにそう言って来たので、清彦は恥ずかしさで黙ってビールを必要以上に飲んだ。それを見逃す良彦ではなくて、自分も音を立てて缶を開けると「叔父さん赤くなってるじゃん」とからかった。まったく、さっきまで死にそうな顔していたのに、調子がいい奴だ。心配して損したじゃないか。可愛い顔してあんがい性格の悪い子なのかもしれん、清彦は急に改まった態度で良彦に向き直った。俺はこいつの叔父なのだ。
「おい、甥よ。よく聞け。どうやら落ち着いたようだから言っておくが、明日には帰ってもらうからな。古川に迎えに来てもらう予定になっているから」
 その言葉に初江と七海は少し神妙な顔になった。清彦の空気が変わった事を察知したようだった。しかし、当の良彦はそ知らぬ顔で缶を両手で持って口に当てると、清彦と目も合わせないでそのまま呟いた。
「私、家には戻らない。こっちで暮らすの」
 清彦は今聞いた言葉が信じられないという顔で、ビールをテーブルに置くと体全体を隣の色白の少女の服を着た男の子に向けて低い声を出した。
「そりゃ一体どういうことだ?」
 今度は良彦が真っ直ぐにこちらを見てきた。その瞳は真剣そのものである。
「私、もうあの家に帰らないって決めたの。そんで、こっちで暮らすのよ」
「暮らすって、一体どこに住むんだ?」
 すると、良彦は顔を逸らして、すました様に「ここに決まってるじゃん」と言って、一口液体を口に含んだ。清彦は目の前の存在が何を言っているのか一瞬では理解出来ないで、アポロが毛づくろいする間くらいの軽い瞑想に入ってしまった。大人の女性二人は何も言わずにその様子を注視しながら酒を口に含んでいた。
「お前がここに住むのか?俺と一緒に」
「そうよ」
「だ、誰が良いって言った?大体、明彦兄さん達には言ったのか?二人が許すわけない。きっと心配してるぞ」
 清彦の言葉に良彦は頬を膨らませた。
「パパ達に言ってるわけないじゃん!パパなんか死んじゃえばいいんだ!」
 そう言って良彦が涙ぐんだので、清彦は動転して何を言って良いかわからなくなった。
「いや、お前の事情は分かるけど・・・」
「分かるわけないじゃん!おじさんに私の気持ちなんか分からないよ!」
 良彦がそう言って急に声を出して泣き出したので、いよいよどうしていいか困ってしまった清彦だったが、良彦が泣くのと同じに七海が彼の傍に寄って背中を摩った。すると、良彦は七海に縋りつくようにしてまた泣いた。

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