「わたしは黒い夢を見る」
わたしは毎晩、形のない睡眠と格闘している。
というのも、毎日仕事に疲れ果ててすとんと眠りに落ちるのはいいのだが、どうも眠りが浅いらしくたびたび目を覚ましてしまうのだ。そして、たいてい悪い夢がくっついてくる。
悪夢は手を変え品を変えわたしを襲う。断崖絶壁から突き落としたり、ジェットコースターの先がなかったり、とことんわたしを殺そうとする。そんなにわたしが憎いのか。わたしが夢に何をしたというのか。こちらからは手出しはできない、まな板の上の鯉だというのに。
昨夜もまた夢に殺された。包丁を持った男が鍵をこじ開け部屋に侵入してきて、金縛りにあってベッドの上で動けなくなっているわたしを刺し殺したのだ。わたしは悲鳴の一つも出せなかった。
リフレッシュして出かけられる筈の朝が一番疲れる。職場が入っているビルの一階のコンビニで栄養剤を買ってから出勤するのが日課になってしまった。
しかし、わたしは次第に対抗手段を覚え始めた。夢の中で「これは夢だ」と気づく機会がときどきあり、そのときは不幸を回避できるようになった。
これが続けばなんとか夢に殺されることはなくなりそうだが、難しい。今は偶然に頼るしかない。
暗く明かりが一点もない部屋。わたしは眠っている。夢か。そうとなれば安心だ。金縛りはない。自由に動ける。
隣家が騒がしい。いつも深夜になるとスピーカーから爆音で音楽を響かせる男が隣に住んでいる。わたしの不眠はこいつのせいかもしれない。夢の中まででてくるとは図々しい。
仕返ししてやろう。わたしは思い立つと椅子を担ぎ上げ、薄い壁に向かってガンガンと叩きつけた。すると、簡単に壁に穴が開き、きょとんとした表情の男がこっちをのぞいているのを見つけた。さあ、どうしてやろうか。
わたしは台所に引き返し、包丁を持ってきた。目の前にかざすと、奴は腰を抜かして口をぱくぱくさせた。わたしは一息に包丁を奴の胸に突き刺した。硬い感触がありありと伝わってくる。奴の悲鳴が耳をつく。返り血が生暖かい。ねっとりとして臭く気持ちが悪い。
わたしは構わず、奴の息の根を止めた。これで今夜は安心だ。夢の続きをみよう。目覚めれば、気持ちのいい朝がやってくるだろう。
何だろう。やけにうるさいな。外ではサイレンの音が絶えない。せっかくすっきりしたところなのに、眠れないじゃないか。
気がつくと、壁に開いた穴から警察官がこちらを見ていた。
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