「煙」
その男は煙になった。毎日、一箱、煙草を呑んでいたら、細胞の奥の奥にまで煙を入れてしまい、姿かたちがすっかり煙になってしまったのである。齢三十七。しかし、男は男である。何の問題もなく暮らしている。煙になったところで何が変わることもなく。いつから煙になったのかを正確に判断はできない。徐々に徐々に煙になっていった。ただ、もう男は完全に煙である。煙として生きるほかない。人間ではない、煙なのだ。とはいえ、周りの者たちは男を煙だと思っていない。わかるはずもない。人間として扱う。そして、男は思った。俺の何が煙なのだろうか、と。何かをすり抜けることも、散ることも、飛んでいくこともない、単なる人の形をした煙。男は試しに左手首を切ってみた。そこから出たのは、やはり煙であった。その煙は延々と天に昇り続け、やがて男は形をなくした。
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