人は自然のルールとしての物理現実のなかだけでなく、思考のルールの中に生きる、マリーナ・アブラモビッチ
マリーナ・アブラモビッチという、パフォーマンスアートの神みたいな方がいるんですが、自分の身体を作品のように扱い、観客との間の関係性をアート作品にしてる作家さんです。
彼女の作品の中でも「Rhythm 0」という作品がとても興味深いのです。
「Rhythm 0」は、6時間の間、無抵抗のマリーナに、観客が何をしてもいいというパフォーマンスです。マリーナは当時23歳。
小道具としてハサミやバラ、羽、ベルト、ロウソク、1発の銃弾を込めた拳銃など72個の物体が置いてあり、観客はそれらをどう使ってもいいんですね。パフォーマンスが始まってすぐには、マリーナにキスしたり、バラをプレゼントしたりするみたいな優しい行為から始まりますが、徐々に服を切り裂いたり、肌をカミソリで切ったりするようなことが行われます。
この6時間の間、マリーナは完全に無抵抗のまま、物体のような状態でありつづけましたが、パフォーマンスが終了して彼女が人間に戻ると、怯えた観客の中には逃げ出した人もいたようです。また、マリーナ自身もパフォーマンスを終えた後は恐怖のあまり髪の一部が白髪になったとか。
ステージさえ提供されれば、大部分の『正常な』人間は、暴力的になる可能性があるのです
https://www.imishin.jp/marina-abramovic2/
これほどまでに自分を晒せるというのがすごすぎるのですが、このパフォーマンスで浮き彫りになったのは、社会っていうのは「自然」とは違う次元の世界なんだな、ということです。
よく自然と人工が対立項のように語られることがあるんですが、私は人工も自然の中に内包されるという考えを持っていました。自然の産物である人間がつくった建造物は自然の一形態だろうという感じで考えていました。
ただ、マリーナの作品を見ていると、人間は「自然」という物理現実とは全然違う次元、思考の次元に生きているんだなぁと気づかされます。
「人を傷つけたり盗んだりしちゃいけないよ」は自然のルールじゃないんですよね。自分たちが暮らしやすいように人間がつくったルールです。人を傷つけてはいけない、という思考を学び、次世代にも残していくことで、そういう概念が自分たちの中に自然のルールのように生き始めます。
この思考のルールのおかげで、現在の私たちはだいたいどこの国に行っても「いきなり襲われる」っていうことがありません。(ゼロではない)
思考のルールは倫理観と置き換えることもできますが、これは相手だけでなく、傷つける可能性がある側のことも守っているんですよね。誰かを傷つけたことがある人は、自分も傷つけられるかもしれない、という考えやすくならないでしょうか。私たちは「万引き」とかの言葉を知っていますが、もしも言葉自体を知らなかったら、そもそも「盗もう」って発想になったのでしょうか。そういう「もしかしたら誰かに奪われるかも」と思って暮らすのって非常に精神的に疲れるのです。
私は仕事でタンザニアを5週間一人取材していた時には、5秒に一度は後ろをさりげに振り返ってついてくる人がいないかを確かめていました。南アフリカ出身のアーティストさんも、「ずっと警戒しながら暮らしてるのって疲れるんだよ」って言ってました。日本と比べるとね、日常生活の楽さがぜんぜん違います。
この思考のルールは、ヒトという一つの生物種のみで成り立っているところが興味深くて、これと類似のルールは、たぶん他の動物たちにもあるんですね。群れで生活する生き物とか、ボスをつくるサルとか。
そういう意味ではほかの動物たちもそれぞれ「思考のルール」を持っていて、そこまで含めて「自然」と定義しちゃうこともできます。
思考のルールが1種類の生物種のみで共有されている理由って、言語の問題だと思うんですね。人間ももともとは全然違う言語を使っていましたが、言語が分かるようになってきて、基本的な思考のルールが共有されるエリアが広がってきたんじゃないかなと。
これを踏まえて、もしも他の動物と言語みたいなツールで対話することができたら、ほかの種を交えた思考ルールができるかもしれない、と想像しました。
1つの種を守るためのルールだけじゃなくて、生態系を守るための思考のルールが他の動物種と一緒につくられるとしたら、どういうルールになるのかなと。
「ヒト」っていう存在が作品として提示されるパフォーマンスアート。いろんなものがありますが、やはり神はマリーナ・アブラモビッチだなと思った次第です。
なかなか強烈なパフォーマンスですが、こういった事例をもとに、いろいろ思考を巡らせてみるのは楽しいので、ぜひおすすめです!
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