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「手が止まってしまうのは好きなものを守りたいからなのかもしれないね」の話

「自分の友人でね、彼はアーティストなんだけど、一時期、作品がまったく創れなくなってしまった人がいるんだ」
「へええ、なぜですか?」
 老人は私の質問に答える前に、紅茶を新しく淹れに行くと言って席を立つ。老人はデンマークに住むアートコレクターで、私は知人の紹介で彼の話を聞きに来ていた。
 老人を待つ間、私は部屋の中に目をやる。室内には老人が集めた小さなアート作品がたくさん飾られている。同じ作品は一つとしてない。有名なアーティストの作品はあるのだろうか。自分には区別がつかない。

 老人が紅茶を淹れたポットをキッチンから持ってきて、二人分のカップに注ぎ始めると、室内にフルーツの甘い香りが漂い始める。
「さて、なんの話だったかな」
「ご友人のアーティストさんで、作品が創れなくなってしまった人のお話をされてるところでした」
「ああ、そうそう」
「どうして創れなくなってしまったんですかね」
「自分の創作の意味を感じられなくなってしまったって彼は言っていたんだよ」
「創作の意味?」
「そう。前に売れていたものが急に売れなくなってしまって、いろんな試行錯誤をしているのに誰にも響かなくなってしまったんだと。どうしたら受けるのだろうと試行錯誤を繰り返しているうちに、創る意味が分からなくなってしまったんだって言っててね」
「なるほど。なんか分かる気がします」
 創ることじゃなくても同じじゃないだろうか。一生懸命やってるのに怒られてばっかりだったり、誰かの役に立ちたいと思ってやったことがうまくいかなかったり。そういうことがつづくと、仕事に自信がなくなってしまう気がする。
「褒められることが少ないと、このままやってていいのかなって思って、いろんなことに自信がなくなってしまう気がします。それは創作じゃなくても同じかも」
 自分がやったことで、誰かが喜んでくれるのは、創作に限らずとても嬉しいことじゃないだろうか。どんな仕事だって、役に立ってるんだって思えるからこそ頑張れる気がする。
「そうだね。私は彼に聞いたんだ。今でも創ることは好きかって。そしたら彼は好きだって答えた。好きだからこそ、怖いんだと言っていたよ」

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