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「まずは100回やってからやめるかどうか考えてみたらいいと思わない?」の話

「保険をかけたくなるのは安心できるものが欲しいからだし、保険をかけたいって思う背景に、自信のなさがあるのも分かります」
 老人から絵本を描き始めた女性の話を聞いた。彼女は看護師をやめて絵本を描き、最初の作品で賞を獲った。でもその後は何にもならず、看護師に戻り、そして老いていったという。彼女はもう絵は描かないようだったし、行動に移して何も起こらないことが分かるよりは、何もしないまま「やってい
ればうまくいったかもしれない」未来を妄想することを選んだ。

 行動を起こさなければ、うまくいかない現実を知らなくて済む。時にはそのほうが幸せなのかもしれない。

 新しいことを始めて、うまくいかなかったらどうしよう。若くて独り身なら失うものはないかもしれないけど、家族や守るべきものがあったとしたら、ためらってしまうことも分かる。確実に収入を得ることができるものがあるなら、それは手放さずにおきたい。何かを確実に得られるというのは、とても嬉しいことだ。創作の世界では、かけた時間や労力に対して、確実に得られることなんてほとんどない。確実に結果を残せるのは、本当に才能があって、同時に努力もできる人だけだ。
「自信っていうのは、いつになったら湧いてくるのかな?」
 老人の問いかけに、私は答えられないまま視線を逸らして炭酸水のグラスを口につける。自信は本人の性格によるのだろうか。どれだけキャリアを積んでも、自分には自信なんてつきそうにない。
「行動を起こすのに、条件をつけすぎなのかもしれないよ。もう少し仕事ができるようになってからとか、引っ越しをしてからとか、子どもが大きくなったらとか。条件をつけて先延ばしにしておくうちに、時間はどんどん経ってるってことをちゃんと認識するといい。
 先延ばしにできるほど、人生は長くはできてないからね」
 老人は皺の多い頬を撫で、それから淹れたての紅茶を口に運ぶ。

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