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エストニアで好きなことで生きたかった女性が話す「できない自分を認めてから変わったこと」の話

 エストニア南部の村ムーストでの滞在を終え、日本に帰国する直前に首都タリンに二日間だけ宿泊した。ささやかだが、お世話になっている人たちにお土産を買って帰ろうかと思い、市内を散策する。
 タリンの中心部は数時間で歩き回れてしまうほどの広さで、その中に小さい個人ショップがたくさんあった。コーヒーのお店やオーガニック製品のお店、靴下やキャラもののTシャツ、服などが売られているマーケットもあった。

 お店の雰囲気がよさそうなオーガニックショップに入ると、店内には海外から輸入された化粧品やお茶、チョコレートなどが売られていた。パッケージのデザインがかなり可愛く、お土産に良さそうと思って値段を見るとけっこう高い。
 そそくさと棚に戻して周囲の物を見ていると、お店の人が「日本の緑茶があるよ」と言ってお茶を淹れてくれた。そういえばドイツにも日本の緑茶を売っているお店があって、「サムライ」とか「ショーグン」とか、なんかそんな名前で売られてたような気がする。

 緑茶を飲みながらそんなことを思い出していたら、ショートヘアで灰褐色の髪の女性が店に入ってきた。耳に丸くて黒いピアスをしていて、薄手のセーターにジーンズという格好だ。お店の人が彼女にも緑茶を勧めたので、私たちは店のカウンターの前で並んでお茶を飲むことになった。彼女はこの店がとても気に入ってて、よく買いに来ているのだという。オーガニックティーを指さして彼女は言った。

「私、こういうののパッケージの絵を描くのをやりたかったのね。イラストを描くのが好きで、ちょっと人が見た時に素敵って感じるモノを描いて、それが誰かの日常になるっていうのが夢だったの」
「うわー、素敵、いいですね」
「でもね、全然ダメだったの。毎日絵を描いて、いろんなイラストサイトに登録して、ほら、最近は自分の絵でグッズつくれるところとかあるじゃない? 絵を習いにいったこともあったわ」
「すごい、がんばりましたね」
「ふふ、本当にがんばったのよ。でも、全然ダメだったの。認めたくなかったわ。だって私、自分の絵がすごく好きなんだもの。なんで他の人にウケないのか、ぜんぜん分からなかった。好きなことで生活できないことがとても苦しかったわ。誰よりもがんばってたつもりなのに」
 好きなことで生きていくっていう言葉がとても流行ってきた。それは叶えば幸せなことだけど、それでうまくいく保証はどこにもない。
「辛かったわ、本当に。誰にも認められてないことが」
 彼女は残っていた緑茶を飲み干し、店員に器を返す。

「今もつづけてるんですか?」
「やめちゃったの。いや、絵は描いてるけど、それで生きようとするのをやめたのね」
「そうかー」
 夢だったことを、やめるって決めるのはそれなりにしんどかったんじゃないだろうか。私はそう想像していたけど、彼女はちょっと違った。
「絵はうまくなかった。でも、絵の良さを紹介するのはうまかったのよ。だから今は、他の人の絵を売ってるの。最初は自分の先生の絵を売るところから始めたんだけどね。あなたが説明してくれると、私の絵の価値がすごく上がる気がするって言われて」
「へええ、すごい」
「ほら、アーティストってけっこう話すのヘタでしょう。言葉で作品を説明すると、自信をなくしてるようなアーティストのほうが希望をもつみたいなの。がんばってやっててよかったって。
 私、自分ががんばって認められなかったから、なるべくたくさんの人の作品を世に認められるようにしたいのね。私にはみんながちゃんとがんばってるのも分かるし。私が声を上げることで、気づいてくれる人も増えてきた。そのうち、私に信用が集まって、説明がなくても売れるようになってきて」
 彼女の目の周りには細いシワがいくつもあって、笑うとシワが少し深くなった。

「できないことを認めるのはとても辛かったわ。でも、認めて諦めたら、自分がやれることが見えてきたの。絵は今も描いてる。それはやめない。でも私がやりたかったのは、絵で生活することじゃなかったみたい。できることに集中したら、好きなことも前より余裕をもってつづけられるようになったわ」

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