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「自分を否定するのは誰かに否定されたくないからなんだよね」の話

「自分はダメだって口に出してしまうのは、誰かに否定されることからの自衛でもあるよね」
 老人はテーブルのオリーブを一粒つまみながら言った。彼はデンマークに住むアートコレクターで、家には小さなアート作品が壁いっぱいに飾られている。私たちは人と自分を比べてしまうことについて話をしていた。
「自分から先に言っておけば、誰かにダメと言われても、知ってるって顔ができる。言われなくてもダメなのは分かってるって。そう思わないか?」
「そうですね。人に言われるよりかは、自分で言ってしまったほうが楽かもしれません。誰かにダメだと言われるのってすごく辛いから」
 老人はすぐに答えずに黙ったままうなずき、片手に持ったままの炭酸水で喉を湿らせた。
「だけど、自分で自分を否定する方が、自分に対してのダメージは大きいはずだよ」

 老人の言葉が響きすぎてうまく言葉が返せない。ダメだ、ダメだって繰り返しているうちに、自分で自分をダメにしてしまっていたのかも。
「ダメだって言葉を繰り返していると、自分がダメでないといけなくなってしまうんだ。うまくなってはいけない。うまくなったらダメじゃなくなっちゃうから。できるようになっちゃいけない。できるようになったらダメじゃなくなっちゃうから。
 そうやって、心のどこかで、ダメなままの自分でいようとしてしまう」
「そうかも、しれません」
 うなずきながらも私は、じゃあどうすればいいんだって心の中で思っていた。ダメだと口にするのに慣れてしまって、考えるより先に自分を否定してしまう。
「少しずつでもやめていくんだ。ダメっていうのは、本当にダメなわけじゃないだろう? ただ、自分を守るために始めた言葉だから。その言葉は使いすぎると武器になる。自分をダメだって言うことで相手を責め立ててしまうことだってあるからね」
 誰かを責めるなんてダメだって分かってても、否定してくる人は責め返したい。私はそう思いながらも、老人には言わずにいた。
「じゃあなんて言えばいいでしょう。できるようになりたい? それだと今はできてないって言ってるみたい。がんばるって言っちゃったら、がんばってない時の自分をダメだって思ってしまいそうです」
 何も考えずに反射みたいにありがとうって言うことはできない。だって、ありがとうって言ったら、喜ばれたと思ってまた別の否定が飛んできそうだから。

「否定には反応しなければいいんだよ。自分の心を否定に一秒も奪われないように。そして自分のためにはね」
 老人はそこで言葉を切って笑顔になる。
「自分が一番かけて欲しい言葉をかけるといいよ。それは他の人には分からない」

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