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餓死した女性アーティストの遺作を巡る現代アートミステリー「手と骨」10

 自分のアトリエに戻った志穂は、丸ペンでケント紙に線を引き始めた。揺れるような平行線をただ紙に引きつづける。線はところどころ重なり、インクが溜まって広がった。四十センチの紙の半分ほどを線で埋めた後、手首が痺れるように重くなって志穂はペンを置く。小さなスピーカーから流れていた音楽を止めると、志穂は二階にコーヒーを淹れに行く。
キッチンにはアルコがいて、アート雑誌をめくっていた。

「あー、志穂―。調子どう?」
「はい、まぁ」
 ポットに水を入れながら、志穂はアルコに声をかける。
「コーヒー淹れますけど、いります?」
「いいねー、お願い」
 お湯が沸くまでの間に、志穂はカップと豆を用意する。
「家で淹れるなんてちゃんとしてるね。あたしだいたい買っちゃうからさぁ」
「クリーム入れます?」
「なしで大丈夫。ブラックのほうが好きだから」
 志穂は淹れ終わったコーヒーをアルコの前に置く。
「ありがと」
 自分の分のコーヒーをハンドドリップで淹れていると、アルコが話しかけてくる。
「あんま言いたくはないんだけどさ。志穂って今、なんか仕事してる? アートで食べられてる?」
「今は、アルバイトだけ。アートでは食べられてないです、ぜんぜん」
「だよね。まぁこう聞いちゃうあたしもアレなんだけどさ。アーティストやってるって、ぶっちゃけニートの言い訳みたいな感じだよね。アーティストですって言ってても、そうなんですね、それで普段は何を? 仕事は? って聞かれるのが日本だし。アーティストなんだから、作品つくってるに決まってるでしょって」
「アートで食べていけるって思われてないですよね」
「まぁ、実際、食べていけてないから、あたしも別でお金稼いでるけどさ」
 コーヒーを淹れ終わった志穂は、アルコの向かいに座る。コーヒーを持ってアトリエに戻る予定だったが、なんとなく会話を終わらせにくかった。
「ニューヨークで個展とかやれる身分になってみたかった!」
「過去形で言わなくても、まだチャンスはあるんじゃないですか」
「あると思う? 本当に?」
「…さぁ」
 志穂はニューヨークに行ったこともない。ネットで見るニューヨークが現実に存在しているという実感すら、志穂にはもてなかった。
「仕掛けるならヤバイこと仕掛けないとね、浅倉みたいに」
 アルコが両腕を頭の後ろで組んで体を伸ばしながら言う。
「浅倉さん?」
「あいつさぁ、囲ってるアーティスト、これまでに何人か殺してるんだよ」

▼現代アートミステリー「手と骨」のマガジン
https://note.com/ouma/m/mc41d124c55c2
▼「手と骨」1話目はこちら
https://note.com/ouma/n/nab5203c667a8


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