「周りの人が扱っている自分は未来の自分なんだよ」の話
「若い人が周りにいると、気持ちも若くなる気がするしね」
アートコレクターの老人は、そう言いながらホットココアを口にする。彼はデンマークのコペンハーゲンに暮らしている。室内には廊下やキッチンまで、小さなアート作品でいっぱいだった。
「そうかぁ」
私はうなずきながら、自分には人と話す機会自体がほとんどなくなっているかもしれないと考えていた。
「周りの人の平均値が自分だっていう話を聞いたことがあるんですが、そういう意味では、移動の多い自分は自分自身が丸ごと変わっちゃってるかもしれないですね」
「ははは、そうか。デンマークにも三週間しかいないと言っていたね」
「はい。すごくいい場所だったから、もっと長くいられるようにすればよかったって後悔してます。三週間は短すぎでしたよ」
「そうだね。ここは大都市だから」
私たちはしばらく、黙ってココアを飲む。時間の合っていない時計の音が、室内に静かに響いていた。
「周りの人のアベレージっていうのは、その通りかもしれないね。もっと言うなら、周りの人が扱う自分が本当の自分ってことかもしれない」
「扱う?」
「そう。平均値っていうのは、分かりにくくないかな。自分の身近な人を思い出してみると、いろんな人がいてね。周りの人の平均って言われても、私には自分がどんな人物かはよく分からないよ。
だけど、周りの人が自分をどう扱っているかって考えると、自分が何者なのかは分かりやすい。みんなの扱い方はほとんど同じだからね」
「どんな扱いなんですか?」
「アートが好きな匂い好きのおじいちゃん、だよ」
老人は笑いながらココアを飲む。
「そっか、そのまんまですね」
「それが私ってことだ。私もそれに満足している。君はどうかな?」
「私ですか?」
うーん、と言いながら私は宙を見上げる。ここ最近はずっと、海外のアートプログラムに参加しながら、いろんな土地を転々としている。アーティストだとは思われていると思う。
「アートをやってる人だっていうのは思われていると思うんですが、たぶん」
「ははは、ぼんやりだな。どんなアーティストだとか、そういうのはある?」
「どんな、かぁ。えーと」
「もしも、自分がトップアーティストになりたいと思うのであれば、周りからもそういう扱いをされるようになるといいよね」
「そうですね。目の前にヤヨイクサマがいたら、自分もクサマだーってなります」
少なくとも、今の自分はそんな扱いはされていない。トップアーティストだと信じさせるには、まだまだ自分には実績が足りてないと自分でも思う。どうしたら自分の扱われ方を変えることができるだろう。それが自分自身を変える方法なら、扱われ方を変えたい。
私は少し考える。でも結局、すごい賞を獲るとか、実績を積まないとトップアーティストのように扱ってはもらえないような気がした。
「扱われ方ってどうやって変えればいいんでしょう。なんかすごい賞を獲るとかしないと、結局すぐには変わらないような気がしてるんですが」
「そんなことはないよ」
老人はテーブルの上に残っていたチョコレートをつまんで言う。
「未来を想像させることができれば、ちゃんと扱ってもらえるようになるよ」
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