デンマークのアートコレクターから聞いた「夢を叶えたいなら応援される人にならないほうがいい」の話
「二十四時間、息をするみたいに考えていられることなら、夢は叶いますかね」
「どんなことを叶えたいの?」
「アートだったり物語だったり、世界中を旅しながら作品をつくりつづけて暮らしたいです」
「もうできてるんじゃないの? デンマークに来てるんだし」
デンマークにあるアトリエ滞在型のアートプログラムに受かり、私はコペンハーゲンに来ていた。紹介してもらったアートコレクターさんと連絡がつき、彼の自宅に遊びに来ている。
コペンハーゲンの中心部にあるコレクターさんの自宅には、小さなアート作品が壁や廊下にいっぱい飾られていた。小さい作品をたくさん飾るのが好きだと彼は言う。
「でもここは三週間だけなので。安定して制作できるような専用のアトリエが欲しいです。旅も続けたいけど」
ここ数年は、いろんな国のアーティスト・イン・レジデンスという滞在しながら制作するアートプログラムに参加していた。アトリエと自室が用意されている場所で、発表する機会はあったりなかったり。デンマークの後はフランス、それからバルセロナ。その後は韓国に三ヶ月滞在する予定だった。
「いろんな国に滞在して制作できるのは本当に楽しいです。でも次の行き先は受からない限り決まらないから、日本に帰っても居場所がないです。生活が不安定すぎて、いつも不安を抱えている感じ。拠点をもって旅ができたら一番いいのに」
「なるほどね。まぁでも、息をするのと同じくらいずっと制作していられるなら、なんでも叶うよ。ただ、人から応援されることは考えないほうがいいね」
「えっ。どうしてです? 応援してくれる人がいなかったら制作しつづけるなんて無理じゃないですか?」
「逆だよ」
老人は紅茶を淹れ直してくると言って立ち上がり、空になったケーキ皿をまとめてトレーに乗せた。私はすぐにつづきが聞きたかったが、室内にあるアート作品を眺めながら老人が戻るのを待つ。時間の合っていない壁掛け時計が時を刻む音が部屋に響いている。
「お待たせ」
香りが好きだという彼は、ダージリンの紅茶に小さなクッキーを添えて持ってきてくれた。クッキーの大きさがまちまちなのは、誰かの手作りだからだろうか。クッキーの中にも紅茶の葉っぱが入っていて、噛むと紅茶の香りが口の中に広がった。
「応援してくれる人がいるほうが、夢が叶いにくくなるってことですか?」
「うーん。それはちょっと違う。君自身が誰かの応援を求めないほうがいいってことだよ。たとえばそうだね、君は好きな作家はいる? 自分がやりたいことで、こんな風になれたらいいなって思う人、自分の理想を叶えているような人は」
「たくさんいます」
「たとえば誰?」
「アーティストならブラジルのアーティストのエルネスト・ネト。すごく巨大な作品をつくるんですけど、見た目が生物の身体みたいで、中に入ることもできるんです。私がやりたいことが全部、作品で実現できててうらやましくて。
物語なら、ミヒャエル・エンデ。ネバーエンディングストーリーの原作がすごくて。あんな世界をつくってみたいです。他に、小説家ならハルキ・ムラカミも好きです。いつか、こういうすごい人たちと直接話せるようになりたい」
「ああ、私もムラカミは好きだよ。何冊か持ってる」
「世界中で人気なんですよね。どこの国に行ってもよく言われます」
「君は彼らを応援してる?」
「もちろんです! 大好きですよ! 本も持ってるし、作品展も見に行くし」
エンデは絵本も持ってるし、村上春樹の小説は全部買ってる。海外のアートフェアでエルネスト・ネトの小品を見てもすぐ分かるほどだ。
「彼らは応援されたがってる?」
「え? うーん、たぶん。だって、創作活動をする人は、買って応援してくれる人がいなかったら、つづけていけないじゃないですか」
老人はクッキーを一枚口に入れ、しばらく味わってから紅茶をすする。
「君はサポートしたくて彼らの作品を買ってるの?」
「サポート、ええ、はい。素晴らしいなって思うし、次の作品も見てみたいので」
「サポートが先? それとも作品が素晴らしいことが先?」
そう聞かれて私は黙る。改めて聞かれると、応援したくて買っているというより、単にその作品が好きだから買っていて、それが応援にもなってると考えている感じだ。サポートというよりは、ただのファンだろう。
「作品が素晴らしいから買っていて、それで自分の生活が豊かになっていることが先なんじゃないのか? 彼らを応援したいっていうのが先にきてる?」
「ああ、今、名前を挙げた人たちは作品の素晴らしさが先ですね。自分が応援しなくても世界中にファンがいっぱいいるだろうし、私の支えなんていらない気がします」
「むしろ、作品に支えられているのは、お金を出している君のほうじゃないかな」
「そうですね。うーん。ファンっていうのは、応援する人とは違うのかなぁ」
「そこは、君がどうなりたいのかに寄ってくる。彼らは例えるなら太陽みたいな存在だろう。光を浴びて元気になれる。応援されているのは君のほうじゃないか」
「確かに、そうですね」
「誰かに応援されるのは、未熟なほうが有利なんだよ。子猫がか細く鳴いてたら、ミルクをやろうって多くの人が思うだろう。でも、強い猫なら放っておく。自分で生きられるだろうからね。未熟な立場としてかわいがられる生き方がいいなら、応援される人でいい。
でも、話を聞いていると君はそういう感じじゃなさそうだ。夢にもいろんなタイプがあるけど、君が挙げたような人たちは、応援されるよりも多くの人を応援する側の人だろう? それなら君も、応援されようとする意識じゃなく、応援する意識に変えていったほうがいい。
応援される人になると考えていると、どこかで自分を未熟な位置に置いてしまう。未熟だけど頑張ってるみたいな人は応援しやすいからね。必死で鳴いてる子猫と同じだ。
考えてみてくれ。未熟はちょっとならチャームだけど、未熟な人に大事な仕事を頼みたいと思うかい?」
老人は紅茶を口に含みながらゆっくり飲み込む。
「自分が何を叶えたいのかを思い出すんだ。作品をつくって暮らすという生き方に、応援されることは本当に必要なの?」
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